[参考] 本コラムは英語訳版も掲載しています。
"Is it in Japan's interest to abandon nuclear power ?".
Column written by Tetsuya Endo, Senior Adjunct Fellow of JIIA and Former Vice Chairman of Japan Atomic Energy Commission.
(はじめに)
福島事故の世界的な衝撃の後、一部西欧諸国は脱原発へとエネルギー政策を転換し、本家本元の日本でも脱原発の動きが大きく盛り上がって来た。この動きに押されて、日本の原発及び原発関連の事業は目下危機的な状況にある。控え目に言っても大きな岐路にある。
目下は、節電でもって急場を何とかしのいでいるが、本格的な脱原発となるとわが国のエネルギー政策に極めて大きな影響を与えることになる。地球温暖化防止に対する日本の国際的なコミットメントへの影響も少なくない。日本経済、国民生活に致命的な打撃を与えることになりかねない。
従って、脱原発を論ずるにあたっては、その場合の代替エネルギーの短期的、中長期的な定量的可能性も含め国益の観点から冷静に検討していくことが絶対に必要である。ムードに流されることは危険である。原発は関係する範囲が広いため、影響は広範囲に及び、かつ一旦撤退すると再び立ち戻ることは極めて難しい。この小稿は、そのような判断のささやかな一助となることを期待している。
(日本にとっての原発の重要性)
エネルギーと食料は国家の経済活動と国民生活の根幹であるが、日本はそのいずれも自給率が非常に近い。特にエネルギーについては、自給率はわずか4%と先進国の中で最低の水準にある。それに島国であるから、近隣国から電力の融通を受けることが出来ない。このような状況の中で、原子力は日本のエネルギーの安全保障に大きな貢献をしている。原子力発電は準国産的なところがあり、原子力を入れると、エネルギーの自給率は20%近くになる。他方、アジアを中心とする新興国の経済発展は目覚しく、化石燃料の需要が急速に増えて来ることが予想されるので、原子力の重要性は一段と大きくなって来るであろう。
今一つは、世界喫緊の課題である地球温暖化防止であり、CO2を排出しない原子力の重要性である。鳩山首相(当時)は、2009年9月の国連気候変動首脳級会合で、2020年の中期目標として、CO2の排出を1990年比25%の削減(2005年比30%減)するとの宣言を行った。これは条件付宣言ではあったが、事実上国際公約として数字が一人歩きしている。この削減を達成するために原子力分野では原子炉9基の増設、稼働率を80%以上とすることが期待されていた。
(日本の原発の危機)
ところが、福島事故は世界中に大きな衝撃を与えた。(原発事故に国境なし)原発の安全規制を国内的及び国際的に強化すべし、IAEAがその中心的な役割を果たすべしとの点については、各国の一致した反応であったが、原子力発電そのものをどうするかについては各国様々であった。多くの国は、安全に一層留意しつつ今後とも開発を進めるという姿勢をとっているが、ドイツ、イタリアなど一部の西欧諸国は市民感情に押されて脱原発へと舵を切った。
事故当事国の日本では、市民の反原発感情が盛り上がり、それを一部のマス・メディア、政界の一部などがそれに便乗するようなところがあって、原発は一種の岐路に立っている。現在、54基の原子炉のうち16基(8月1日現在)しか稼動しておらず、定期検査後の再稼動が政治的に難しい状況にあり、最悪のケースでは来年3月には日本全国の原発がすべてストップすることにもなりかねない。
2010年6月に閣議決定されたばかりのエネルギー基本計画と、それによる原発の積極推進の方針は白紙とされ又、新成長戦略の一環と位置づけられた原発のプラント輸出もその行方がはっきりしなくなっている。日本が新しい輸出ターゲットとして考えていたベトナム、トルコ、ヨルダンなどは福島事故以降も日本との協力に積極的な姿勢を示しているのに対し、日本の方の反応は今一つという感じである。目下国会に承認を求めて提出されているロシア、ベトナム、ヨルダン、韓国との原子力協定の帰すうもはっきりしないし、トルコ、ブラジルなどとの原子力協定交渉も事実上中断状態である。いずれにせよ、日本の原子力に対する姿勢は、国内、国外共に甚だ消極的になっている。
(日本は脱原発でやってゆけるのか)
それでは、日本は脱原発でやってゆけるのだろうか。
・ 日本の総発電量の約30%を占める原発がなくなる場合、何でそれを代替するのか。短期的には、おそらく化石燃料だろうが、輸入経費がかさむし、CO2排出を伴うので排出権購入費が必要となり、発電コストを引き上げる。しかも化石燃料の価格は今後上昇することが予想されるので尚更である。中・長期的には自然エネルギー(風力、太陽光、地熱、バイオマス等)であり、一見大衆向けするが、日本は先進国の中でも開発に立ち遅れ、現在総発電量の1%程度に過ぎず、今後開発に努力すべきだが自然エネルギーそれ自身少なからぬ問題を抱えている。供給の安定性(例えば、太陽光発電の日本での平均利用率は約12%、風力は年間の利用率26%など)、量的拡大の難しさ、経済性、発電される電気の質(系統安定の問題など)などである。
従って、自然エネルギーは分散電源、補充電源としては役に立つが、大規模経済のベースロードの基幹電源とするには無理がある。原発の代わりに自然エネルギーをあてるには、単に掛け声だけでは駄目で、定量的な分析、工程表、制度設計が必要である。いたずらなエネルギー政策の変更あるいは変更への掛声は、国の経済活動、国民生活に大きな混乱を招きかねない。日本経済に致命的な打撃を与えかねない。
・ 国際的にかかわりのある原発のプラント輸出はどうするつもりなのか。地球温暖化防止対策としてのCO2排出に関する事実上の国際収束はどうするのか。force majeure(不可抗力)を主張するか。これらは、日本の国際信用の問題である。
・ 脱原発は、資源に乏しい日本にとって最も重要なエネルギー政策と原子力発電の黎明期から一貫して位置づけられた「核燃料サイクル」からの撤退を意味する。核燃料サイクルは経験の蓄積と人材の育成から成り立つもので一旦撤退すると再び立て直すのは極めて困難である。本当に撤退してよいのか熟慮すべきであろう。
(おわりに)
筆者は、かつて原子力委員会委員をつとめたため、我田引水ととられるかもしれないが、日本のおかれた地政学的条件や経済規模などを冷静に考えるとき、又、定量的に物事を考えるとき、日本の脱原発は無理ではなかろうかと思う。日本は、安全面を根本的に見直しつつ、原発を推進してゆく (できれば原子力の拡大)、それとあわせ自然エネルギーの開発も積極的に進め、各エネルギー間のベスト・ミックスをはかってゆくのが最も国益にかなう現実的な政策であると思う。脱原発は日本がとるべき途ではない。