コラム

北朝鮮経済の現状②―「国防工業」重視路線をめぐって―

2011-04-14
飯村友紀(日本国際問題研究所研究員)
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「国防工業は先軍朝鮮の強大さの源泉であり、人民生活向上の頼もしき担保である。国防工業部門は今後も最先端突破戦の先駆者、経済全般を導いていく機関車としての使命をみごと遂行せねばならない」(1) ―2011年の幕開けを告げる朝鮮労働党機関紙の新年共同社説には、またも軍需産業(2) の重要性を唱える文言が踊ることとなった。同様の言説は2003年の同社説以来9年連続で登場しているものであるが、金日成生誕100年にあたり、北朝鮮が自ら特別な年と位置付ける翌2012年に「強盛大国の門札をかけ」ることが目標とされ、その重要課題として「人民の生活水準を強盛大国の高みへと押し上げる」ことが掲げられる中にあっても、軍需産業を優先するそのような路線に変更のないことが、あらためて言明されたのである。むしろ、「国防工業の先導的役割を通して全般的人民経済を押し立て」るとの表現が端的に示すごとく(3) 、軍需産業への投資は経済成長と撞着するものとはみなされず、逆にその経済的効用が主張されるのが今日の北朝鮮の状況といえる。斯様な方針が顕現したのが上記の2003年のことであり、以降、それは「先軍時代の経済建設路線」との名称で呼びならわされている(4)

それでは、そこにおいて軍需産業はいかに経済浮揚に貢献するとされるのか。北朝鮮の文献の説明は以下のようなものである。

「国防工業部門においては、それ自身の技術的特性から、ほかの経済部門に比べ科学技術の成果がいち早く導入される。国防工業部門にまず導入された科学技術は重工業をはじめとする人民経済の各部門に波及し、経済発展を推し進める作用を行うようになる。(中略)国防工業は軍需物資の生産それ自体を通じて人民経済の各部門の発展を促す。祖国を防衛するのに必要な軍需品を生産するためには、重工業はもちろん軽工業と農業など、人民経済のあらゆる部門の生産物がみな保障されねばならない。したがって国防工業が発展すれば人民経済の各部門の生産物に対する需要が伸び、これは人民経済全般の発展を促して国の経済力をより強化することができるようにする」(5)

軍需産業で要求される高い技術が他部門に均霑するともに、軍需物資の生産に伴う需要の拡大が他部門の増産をも刺激するとの論理であろう(6)。「先軍時代の経済建設路線」の独自性を、「経済部門間関係の問題を主に生産手段生産部門と消費財生産部門の関係の問題として、換言すれば重工業と軽工業・農業部門間関係の問題として」捉え、重工業を基幹産業として優遇する一方で、「国防工業」に対しては「経済の各部門から機械設備・燃料・資材・動力を受け取って軍需品を生産保障するものとして、各経済部門の発展に依存する側面のみが強調され、国防工業が全般的人民経済に及ぼす肯定的影響や役割問題についての解明は全くなされていなかった」という従来の認識(7) との差異に求めた言説も考慮するならば、重工業・軽工業・農業という産業部門の連関の中に軍需産業というファクターを挿入せしめ、なおかつ軍需産業に基幹産業としての地位を付与する点が、「先軍時代の経済建設路線」のロジックの要諦ということになろうか(8)。また、そこに軍民関係の「渾然一体」を唱える「先軍政治」のメタファーが投影されている可能性も、あるいは推測可能であろう。

ただし、かくのごとく経済全般への波及効果が強調されるとはいえ、軍需産業への優先投資の主眼が直接的な軍事力の拡大に置かれていることもまた明白であった。軍備現代化のために資本の集中投資が必要との認識が、従来よりもさらに明瞭な形をとって、この時期に公言されていたのである。

「人民軍隊の武装装備を先端科学技術に基づいて現代化する事業は、核技術、情報技術、航空宇宙技術、レーザー技術のような先端国防科学技術の発展と、それに基づく新たな武装装備の開発・生産を離れては考えることはできない。先端国防科学技術を発展させ、それに基づいて新たな武装装備を開発・生産する事業は、展望性ある計画を正しく立て、目的志向性をもって進めるときに成功裏に遂行される。核技術、情報技術、航空宇宙技術、レーザー技術のような先端国防科学技術を発展させ、それに基づいて新たな武装装備を開発・生産する事業は一定の時間を要求するだけでなく、多くの科学技術的力量と物質技術的手段を保障することを要求する」(9)

先に引いた記事は、「軍需産業を優先的に発展させる」路線のもとに「わが共和国が(中略)帝国主義連合勢力と堂々と渡り合い、国の自主権と尊厳を守って世界的な軍事強国・核保有国としての威容を轟かせ、子孫万代にわたる繁栄を軍力によって協力に担保している」と、軍需産業への優先投資の成果を喧伝しており、そこには2010年5月に突如発表され、様々な憶測を呼んだ核融合実験も包含されている(10)。このように、「軍需産業の振興を通じた経済発展」という題目の下、軍事力増強のための資本投入が叫ばれている点が、近年の北朝鮮経済のいま一つの特徴をなしているのである。もとより、以上の小考は北朝鮮が展開するロジックの「再現」を試みたものに過ぎず、その実態―「先軍時代の経済建設路線」における産業連関の実際、そして軍事力増強の真相―について別途慎重な検討を要することは言を俟たない。ただ、かくのごとき、それまで隠匿されてきた軍需産業の(ロジック上のこととはいえ)存在感の増加に呼応するかのように、対外関係にまつわるプロパガンダが著しく攻撃的なものへと変化している点は注目に値する。例えば、次のような認識に依拠するならば、兵器の拡散や供与、軍事協力とノウハウの提供(販売?)も「当然の権利」と解されることになろう。

「発展途上国は先軍の旗幟を高く掲げて進まねばならない。(中略)世界の多くの国々でわが党の先軍思想と先軍政治に倣って軍事を重視し、国防建設に大きな力を振り向けており、軍事的交流と協力を強化して集団防衛安全体系を樹立している。万能の宝剣にして必勝不敗の旗幟である先軍思想・先軍政治は世界の進歩的人民に力と勇気をもたらしており、帝国主義侵略勢力に巨大な打撃を与えている。南南協助の全面的拡大発展はすなわち反帝闘争であり、反帝闘争の勝利の鍵は先軍にある。強大な軍事力を持たねば南南協助も拡大・発展させることができず、安全な社会経済の発展も成し遂げられない。強力な軍事力を有してこそ、帝国主義のいかなる侵略と戦争策動も打ち砕き、南南協助をさらに拡大発展させていくことができる」(11)

むろん、プロパガンダと実際の政策的意図をいかに弁別するかは分析者により万別であろうが、現今の北朝鮮のロジックにおいて軍需産業の位置付けが変化し、あわせてそれが種々の現象を惹起していることはけだし確かであり、それらを包含する「先軍時代の経済建設路線」の今後の動向は、なお注視する必要がありそうである。


(1) 「今年ふたたび軽工業に拍車をかけ、人民生活向上と強盛大国建設で決定的転換を起こそう」『労働新聞』2011年1月1日付。

(2) 北朝鮮における「国防工業」の定義は「国の国防力を強化する上で要求される軍需品を生産する工業。国防工業は一般的に銃・砲・弾薬・戦車・軍用飛行機・軍艦などをはじめとする各種武器と戦闘技術機材を生産する部門と、軍服・軍靴・軍用食料などの軍需必需品を生産する部門に分けられる」(『朝鮮語大辞典(1)』社会科学出版社、平壌、1992年、328頁)というものであり、広義の軍需産業に相当するタームとして用いられていることが分かる。

(3) 李英鎬 「偉大な金正日同志の領導に従い、先軍朝鮮の百勝の歴史を限りなく輝かせていこう」『労働新聞』2011年4月9日付。金正日の国防委員会委員長推戴18周年に際して行われた中央報告大会における演説である。

(4) ただし、「先軍時代(の)社会主義経済建設路線」の語が同義で用いられる例も散見される。

(5) 「国防工業は国の軍事経済力の基礎」『労働新聞』2005年1月18日付。

(6) 文献によっては、これらに加えて「国防工業」部門の強い規律と生産物の高い品質が他部門の模範となるといった説明がなされる場合もある。

(7) 李ギソン「先軍時代の経済発展における国防工業の先導的役割」『社会科学院学報』2006年第4号、2006年11月、18頁。

(8) ただし、新たなファクターとしての軍需産業の挿入が「国防工業にして重工業、重工業にして国防工業」との言説のもと、重工業と軍需産業を事実上一体化することによってなされている点は注意を要する。『光明百科事典5 経済』百科事典出版社、平壌、2010年、162頁。

(9) 趙ギルヒョン「経済事業を展望性をもって進めていくことは先軍時代の経済建設路線貫徹の重要担保」『経済研究』2007年第4号、2007年11月、9頁。

(10) 李英鎬、前掲記事および「わが国で核融合に成功」『労働新聞』2010年5月12日付。

(11) 「全世界の自主化と南南協助の全面的拡大発展」『労働新聞』2010年11月7日付。かつての言説と対照すれば、そのニュアンスの変化は明白となろう。「さらにわれわれは美帝と南朝鮮傀儡たちの冒険的な戦争策動に対処して国防力を強化することに相当の力を入れざるをえなかった。(中略)国の経済的威力を強化するためにより巨大な建設を行おうとしても、国の防衛問題のために支障を受けており、人民生活を高めるためにより多くの投資をしたくとも『チーム・スピリット』合同軍事演習のような戦争騒動のために障害を蒙っている。軍隊をより多く社会主義建設に回そうとしても北侵戦争の威嚇のためにそうできずにおり、軍需生産を減らして民需生産を伸ばしたくとも階段式に拡大する核戦争騒動のために困難をきたしている」(「侵略的な『チーム・スピリット』合同軍事演習は誰にとっても有益たりえない」『労働新聞』1989年1月14日付)。