コラム

ネタニヤフ政権と中東和平

2009-06-08
横田貴之(研究員)
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今年3月末にイスラエルでネタニヤフ政権が成立してから、間もなく2ヶ月になろうとしている。政権成立当初から、ネタニヤフ首相自身の対パレスチナ強硬姿勢に加え、極右政党「イスラエル我が家」の政権参加により、アラブ諸国などを中心に中東和平の停滞が懸念されていた。本稿では、ネタニヤフ政権発足以降の動向から、パレスチナとの和平に関する同政権の基本的な姿勢について考察する。



これまでのところ、ネタニヤフ政権の中東和平への取り組みについては、消極的とする声が一般的である。その具体例としてしばしば取り上げられるのが、第一に、同政権の「二国家共存」への姿勢である。現在、パレスチナでは暫定自治が施行されており、将来のパレスチナが自治政府となるのかそれとも独立国家となるのかは、イスラエルとの最終的地位交渉により決定されることとなっている(1)。2007年11月に米国アナポリスで開催された中東和平国際会議では、イスラエル・パレスチナ双方が、平和かつ安全に共存する二国家解決を図るべく、同会議後に核心的課題を含む全ての課題を解決し、和平条約締結交渉を開始することで合意した(2)。米国や我が国など国際社会もこの合意への支持を表明しており、現在の中東和平プロセスの根幹を成している。今年1月に誕生した米国オバマ政権も、パレスチナ国家樹立による二国家共存案を支持している。今月18日のネタニヤフ首相訪米の際に、オバマ大統領が二国家共存案の承認を求めたことにもそれは示されている。オバマ大統領は中東和平進展への「歴史的機会」を逃してはならないと説得したという。しかし、ネタニヤフ首相はその受け入れを表明せず、現在に至るまでその姿勢を堅持している。リーバーマン外相(イスラエル我が家党首)も政権発足直後にアナポリス合意を遵守しない旨の発言を行い、パレスチナ国家樹立への反対を表明した。パレスチナのアッバース大統領は、こうしたこれまでの和平交渉の合意を認めない姿勢に対して、強い懸念を表明している。



第二に、ネタニヤフ政権の入植地(3)政策も、同政権の中東和平への消極性を反映しているとされる。今年3月の組閣時にネタニヤフ氏とリーバーマン氏との間で、複数の入植地建設再開に関する合意がなされたと報じられており、中東和平推進のために入植地建設の凍結が不可欠とするオバマ政権との見解の相違が見られる。今月に入って、イスラエルは入植者の住宅需要増に応じるために住宅建設を進めることを明らかにした。これに対してクリントン米国国務長官やミッチェル米国中東和平担当特使らがその停止を求める事態となっている。また、東エルサレムでの入植地建設も計画中とされ、エルサレムの帰属問題にも大きな影響を及ぼす問題となっている。パレスチナ側は一貫してこうした入植活動の停止を求めている。



また加えて、ネタニヤフ首相は今年4月にミッチェル特使との会談の中で、イスラエルをユダヤ人国家として承認するように米国に求めたと報じられている。「愛国心なくして市民権なし」のスローガンの下でアラブ系住民(イスラエル人口の約二割を占める)の排斥を主張するイスラエル我が家への配慮との識者の分析もある。この提案に対して、パレスチナ側は難民の帰還権放棄を求めるものとして強く反対しており、和平交渉再開の障害の一つとなっている。



以上のように、ネタニヤフ政権のこれまでの動向は、総じて中東和平進展に対して消極的であるといわざるを得ない感がある。ネタニヤフ首相は分裂状態にあるパレスチナが適切な交渉相手としてふさわしいか否かと疑問を呈したこともあり、実質的な交渉進展は難しいとの見方が多い。一方で、政権成立当初から和平交渉再開についてはたびたび言及しており、穏健派アラブ諸国の隣国エジプト・ヨルダンとの首脳会談においてもそれは述べられている。例えば、今月11日のエジプトのムバーラク大統領との会談の際、ネタニヤフ首相は数週間以内の交渉再開を明言している。和平の仲介者として重要な両国との良好な関係構築を忘れない同政権のしたたかさも、これらの訪問にうかがえよう。なお、このネタニヤフ首相の交渉再開への積極的姿勢について、中東和平に積極的なオバマ政権との対立回避のためであり、交渉が再開しても進展はほとんど見られないであろうとの否定的な指摘もある。このように、強硬さの裏にしたたかさも併せ持つネタニヤフ政権であるが、その姿勢について最終的な判断を下すためには、さらなる検討材料が必要であろう。



また、ネタニヤフ政権のこれまでの動向については、次のように考えることも可能かもしれない。パレスチナ難民の帰還権、ユダヤ人入植地、エルサレムの帰属、国境画定などの重要争点は最終的地位交渉によって決定される。同政権の一連の強硬姿勢は、将来的に和平交渉が再開した際に向け、イスラエルのこれらの争点への基本的方針について、先手を打って示したものとはいえないだろうか。オルメルト前政権からの方針転換を示してきたネタニヤフ政権が、再開後の和平交渉の主導権を握るという思惑の下で、一連の動きを通じて転換のメッセージを示しているとも考えられよう。



以上のように、これまでのネタニヤフ政権の動向を検討する限りでは、中東和平における飛躍的な進展は難しいであろうとの声が一般的である。一方、上述のようにオバマ政権は中東和平の進展を主要目標に掲げており、今後もイスラエルに対して説得を続けることが予想される。また、今年6月にエジプトにおいて、オバマ大統領が米国の中東政策全般に関する演説を行うことが予定されている。この演説における中東和平への言及、さらにはそれを受けてのイスラエルの今後の動向については、別稿にて論じることとしたい。



(1) 暫定自治について詳しくは次の拙稿を参照―http://www.jiia.or.jp/keyword/200707/18-2-yokota_takayuki.html



(2) アナポリス中東和平国際会議について詳しくは次の外務省ウェブサイトを参照―http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/chuto/kaigi_0711.html



(3) 入植地については次の用語解説を参照―http://www.jiia.or.jp/keyword/200306/01-guro.html