2008年大統領選挙における民主・共和両党の正副大統領候補のチケット(顔ぶれ)が明らかになった。副大統領候補の選定にあたっては地理的条件、政治信条、信教、人種・社会階級、性別、学歴・軍歴、知名度、或いは私生活など様々な条件が考慮される。
今回バラク・オバマ候補がジョゼフ・バイデン上院議員を自らの伴走候補に選んだのは、何よりもバイデンが外交・安保問題のプロであり、政界での経験が豊富であることが大きい。そのほかにバイデンがカトリックであること、労働階層の出身であることなども考慮されての人選であろう(CQ’s Politics in America, pp.210-211.)。他方、ジョン・マケイン候補がサラ・ペイリン知事を副大統領候補に指名したのにも相応の理由がある。共和党内では比較的穏健な立場をとるマケインと党内保守派との間には微妙な距離感が存在するといわれる。経済的・社会的保守派のペイリンはこの空隙を埋めることのできる伴走候補である。そのほかにもペイリンがワーキング・マザーであり、ヒラリー・クリントン支持層の取り込みが期待できることも大きな要因であったと考えられる。
しかし、上記のことはあくまでも「選ぶ側の論理」であることに留意しなければならない。「選ばれる側にも論理がある」ということを我々は見逃しがちである。日本人にとっては驚くべきことかもしれないが、アイゼンハワー大統領が回顧録の中で指摘しているように、実際のところ副大統領の職に魅力を感じる政治家はそう多くはない(アイゼンハワー、519頁)。例えば、1952年の大統領選挙において、アイゼンハワーの伴走候補に彼の最大のライバルであったロバート・タフト上院議員が挙げられたことがあった。しかし、タフト自身は副大統領候補となることを迷わず拒否した。その理由は、タフトが副大統領という「お飾り」の地位よりも上院院内総務の地位に魅力を感じており、そこにとどまることを望んだからであった(Adams, p.35.)。同様に、1960年の大統領選挙においてもネルソン・ロックフェラーがニクソンの伴走候補となることを拒否したが、これはロックフェラーがニューヨーク州知事の要職に留まることに固執したことが理由のひとつである(Nixon, p.314.)。このほかにも、副大統領の有力候補と目されながら、副大統領候補への就任を拒否した例は数多く存在する。
無論、「副大統領は将来大統領になるための登竜門的な地位であり、重要な地位ではないのか」という意見もあろう。しかし、1836年にアンドリュー・ジャクソン大統領の後任にマーティン・ヴァン・ビューレン副大統領が当選したのと、1988年にブッシュ父が当選した例を除けば、現職副大統領が大統領に当選した例はない。20世紀以降の例だけでも、1960年のニクソン、1968年のハンフリー、2000年のゴアと現職副大統領が大統領選挙に立候補し落選した例は当選した例を上回る。このように、現職大統領の不人気の余波を蒙りやすい副大統領の地位は、大統領になる野心を秘めたものにとって決して有利なポジションとはいえない。
以上からも窺えるように、「選ばれる側」からすれば、名目上の上院議長にすぎない副大統領というポジションを引き受けることは、一種の「政治的賭け」なのである。今回66歳のバイデンが副大統領候補を受諾したのは、野心よりも自らの政治的キャリアを副大統領で締めくくりたいという思惑の方が大きいのではないだろうか。これとは逆に、44歳のペイリンが副大統領候補を受諾したことは、4年後もしくは8年後の大統領職への野心を覗かせるものではないかと想像する。
副大統領と大統領の関係も様々である。フランクリン・ローズヴェルト政権ではリベラルな大統領と保守的なジョン・ナンス・ガーナー副大統領は終始反りが合わず、ローズヴェルトの最高裁改革に抗議して、副大統領が任期半ばで地元テキサスに引き上げてしまったことがあった。これはマケインとペイリンのチケットにもあてはまる。共和党穏健派のマケインと保守派のペイリンとの間に摩擦が生じることも十分考えられる。
或いはジョン・ケネディ大統領とリンドン・ジョンソン副大統領のように、副大統領のほうが実績・年齢ともに上である場合、経験が浅く若年の大統領のもとで働くことを副大統領が快く思わないこともある。これは今回の選挙におけるオバマとバイデンのチケットにもあてはまる。そもそもバイデン自身がオバマを「経験不足」と批判していたともいわれており、両者の間にはすでに溝が存在するとみる向きもある。
以上のような例とは逆に、副大統領が政治的リーダーシップを発揮した例も存在する。例えばアイゼンハワー政権期のニクソンのように、大統領が重病に倒れたとき、副大統領が指導力を発揮して政務を決裁したことがある。或いはクリントン政権のゴアのように情報や環境といった得意分野を中心に副大統領が専門的役割を発揮することもあれば、ブッシュ政権のチェイニーのように副大統領が政策決定全般において重要なイニシャティヴを取ることもある。高齢で持病を抱えているマケインが大統領になった場合、ペイリンが政務を執る機会が増えるかもしれないし、オバマが大統領になった場合においても経験の浅いオバマをバイデンが積極的に補佐していくことも予想できる。
以上からも明らかなように、正副大統領のチケット決定には「選ぶ側と選ばれる側」双方の複雑な思惑が交錯している。民主・共和両党の正副大統領は今後どのような選挙戦を展開するのであろうか。そして、その過程で正副大統領候補の関係はどのように変化していくのであろうか。そのことは次期政権の行方を占う上でも重要であろう。今後の趨勢にあらためて注視していきたい。
【参考文献】
:『アイゼンハワー回顧録2・平和への戦い、1956-1961』仲晃・佐々木謙一・渡辺靖訳(みすず書房、1968年)
:Richard M.Nixon, Six Crises (New York: Doubleday & Company, 1962)
:CQ's Politics in America 2008 (Washington, D.C.: CQ Press, 2008)
:Sherman Adams, First Hand Report: The Story of Eisenhower Administration (New York: Harper and Brothers, 1961)