コラム

北朝鮮の2008年「共同社説」解題 ~北朝鮮指導層の情勢認識や今年の施政方針~

2008-01-18
宮本 悟(研究員)
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北朝鮮では毎年1月1日に『労働新聞』(労働党中央委機関紙)、『朝鮮人民軍』(人民軍隊機関紙)、『青年前衛』(青年同盟機関紙)による「共同社説」が発表され、北朝鮮指導部の情勢認識や施政方針を知る手がかりの一つとして研究者に活用されている。

2008年1月1日にも「共同社説」が発表された。今年の「共同社説」は、5年間の目標を出したことで、例年とは異なる。いつもは、その年に限った目標や方針を発表するのであるが、今年の「共同社説」では金日成生誕100周年を迎える2012年までの目標を提示した。それは、「強力な政治的、軍事的威力に依拠して経済と人民生活を高い水準に引き上げることによって、2012年には必ず強盛大国の大門を開こう」という内容である。意味が分かりにくいが、これは2007年11月30日に開催された全国知識人大会で発表された朝鮮労働党の構想とほぼ同じであるので、そこから手掛かりを得ようと思う。

2012年に強盛大国の大門を開くという朝鮮労働党の構想については、全国知識人大会で朝鮮労働党書記である崔泰福が報告の中で述べている。彼は、「国の防衛力を絶え間なく強化することで提起された科学技術問題を最優先的に解決せねばならない。…<中略>…経済問題、人民生活問題を解決することに力を注ぎ、この分野まで高い水準に高めてこそ、強盛大国の大門を開いたといえる。経済大国は、思想強国、軍事強国と共に強盛大国の基本兆候の一つであり、高い科学技術が経済強国であり、経済強国が高い科学技術である」と報告した。つまり、国防力の強化が最優先であるが、経済が発展してこそ強盛大国の大門を開いたといえるので、そのために科学技術の発展が必要であるという趣旨である。科学技術部門は、昨年の最高人民会議で発表された2007年度予算で60%増が計上されたほど、北朝鮮政府が力を注いでいる分野である(1)。北朝鮮では、2012年までに科学技術の発展によって国防力と経済力を高めようとしていることが分かる。

さらに、今年の「共同社説」の内容から現在における北朝鮮指導層の情勢認識や施政方針を分野別に解説することを試みたい。「共同社説」の内容は多岐にわたるが、重要な関心事である国防問題と経済問題、統一問題に的を絞りたい。ただし、「共同社説」の内容はかなり曖昧である。「共同社説」だけで北朝鮮の施政方針を理解できると考えるのは危うい。また、情勢の変化によって方針が変わることも十分にあり得ることを念頭において頂きたい。

■国防問題

昨年の「共同社説」は、核実験の直後であったので核兵器について言及があったが、今年の「共同社説」にはない。とはいえ、北朝鮮が国防力強化を疎かにしているわけではない。昨年の「共同社説」では軍隊よりも経済についての言及が先となっていたが、今年の「共同社説」では、再び経済よりも軍隊についての言及が先となった。崔泰福が報告したように、国防力の強化を最優先していることを裏付けていると考えられる。

軍隊に関する言及の中で、昨年との共通点としては、呉重洽第7連隊称号獲得運動の継続と「正規軍」になることが求められていることが挙げられる。呉重洽とは解放前に金日成が率いた抗日パルチザンの一人とされ、彼の率いる第7連隊が司令部を日本軍から命に代えて守ったといわれている。呉重洽第7連隊は、指導者を命に代えて守ろうとする「首領決死擁護精神」の典型とされており、この呉重洽第7連隊を模範として、様々な審査を受けて呉重洽第7連隊の称号を獲得しようとする軍部隊の運動が、呉重洽第7連隊称号獲得運動である。北朝鮮の公式見解に従えば、2008年には運動開始から12年目になる。「正規軍」になることとは、去年のコラムで論じたように、指揮管理の改善や軍紀を徹底して確立することである(2)。この2つの目標が掲げられているため、軍隊に対する最高司令官(金正日)の統制を強める政策が今年も続けられることが分かる。

昨年と異なるのは、「党の訓練第一主義」についての言及がなかったことである。「党の訓練第一主義」とは、訓練を日常化して、敵を打破できるように常日頃から準備することである。「党の訓練第一主義」についての言及が消えたことで、北朝鮮では戦争に対する緊張感が多少和らいでいるようにも受け止められる。ただし、「党の訓練第一主義」は、2005年から2007年の「共同社説」で要求されたが、それ以前は必ずしも毎年要求されるものではなかった。今年に言及がなかったからといって、緊張感が和らいでいると断言することは難しい。

■経済問題

自力更生については、昨年に続いて多くの言及があったが、今年は少し内容が異なる。昨年には「帝国主義者の卑劣な制裁、封鎖策動を粉砕しなければならない」と経済制裁への対応策としての自力更生も掲げていたが、今年は経済制裁については何も述べていない。むしろ自らの技術力と資源によって経済発展を成し遂げるという意味になっている。米朝交渉が進展したことで、経済制裁の今後に楽観的な見通しを立てているためと考えられる。

経済の各部門についての言及は、昨年は農業、軽工業、先行部門(電力・石炭・金属工業・鉄道運輸)、資源開発の順序であったが、今年は先行部門、資源開発、農業、軽工業の順番であった。昨年まで経済部門の冒頭で言及されてきた農業であるが、今年は重要な課題としながらも、言及の順序は後に回された。農業部門の生産体制がかなり安定してきたのではないかと思われる。また、昨年に急に言及が増えた軽工業であるが、今年はそれほど多くはない。それよりも、社会主義経済建設の生命線とされ、経済部門の冒頭に言及された先行部門と資源開発に力が注がれている感がある。

また、建設部門や保健部門、科学技術部門についての言及があるのは昨年と同じである。ただ、保健部門は昨年に比べると言及が多い。また、科学技術部門は、一昨年に比べると言及が多かった昨年と同様に、今年も多くの紙幅が割かれている。科学技術の発展を重視した朝鮮労働党の構想が反映されているものと考えられよう。さらに、今年の「共同社説」では、全ての経済事業を内閣に集中させると宣言した。内容としては目新しいことではないが、今年は内閣の任期が切れる年であり、新しく選ばれる内閣のメンバーに注目する必要はあろう。

■統一問題

統一問題に関しては、昨年の10月に南北首脳会談が開催されたことに言及し、南北朝鮮の関係発展を強調した。昨年には辛辣なまでに批判したハンナラ党に対する言及は避け、大統領選挙についても、ハンナラ党候補の李明博の当選についても言及していない。むしろ、韓国の与野党を問わず、統一を実現するために南北交流のさらなる発展を呼びかける内容になっている。今まで批判してきたハンナラ党の候補が大統領選挙で当選したことを現実として受け入れた上で、ハンナラ党政権と交渉して南北交流を発展させようと考えていることが分かる。

また、「共同社説」では、毎年のように統一問題に絡んで米国に対して批判してきた。その論調は毎年ほとんど同じであり、米国が朝鮮半島の南半分を占領しており、統一を妨害し、さらに全朝鮮を支配しようと企んでいるという内容であった。しかし、今年は、米国に対する批判をかなり控えている。米国の対朝鮮敵視政策の終了、停戦協定の平和協定への代替、米韓合同演習と韓国における軍事力増強の中止、さらに韓国内の米軍基地の撤廃を求めたに過ぎない。例年のように使われる「米帝」という批判を帯びた言葉も使われなかった。米朝交渉が進展しているため、北朝鮮も配慮したものと考えられる。ちなみに、例年と同様に、今年も日本に対する言及は全くなかった。

(1)詳しくは以下を参照
http://www2.jiia.or.jp/column/200706/15-miyamoto_satoru.html
(2)詳しくは以下を参照
http://www2.jiia.or.jp/column/200702/07-miyamoto_satoru.html