コラム

日豪の安全保障パートナーシップ:その意義と今後の課題

2007-07-06
藤重博美(研究員)
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2007年6月6日、日豪両政府間で初めての「2プラス2協議(それぞれの外務・防衛閣僚による安全保障協議)」が開かれた。本年3月に「日豪安全保障共同宣言」が合意され、両国間で「準同盟関係」とも言うべき安全保障パートナーシップ構築への土台ができたことを受けたものである。



オーストラリアは、国家として持つ理念や親米路線がわが国と似ており、また地理的にも同じアジア太平洋地域に位置するなど共通点が多い。そのため、日豪の安全保障関係強化は以前からたびたび提唱されてきた。


しかし具体的な協力関係が進展し始めたのは、自衛隊のイラク派遣以降のことだった。当初はオランダ軍が人道復興支援を行う自衛隊の安全を確保していたが、2005年春に撤収したため、代わってオーストラリア軍が、イギリス軍と共同で自衛隊の安全確保の役割を引き受けたのである。この間(2005年5月-2006年7月)、約1年余りにわたり、自衛隊とオーストラリア軍は近しく連携しながら活動する実績を積んだのだった。


また、それに先立つ2004年12月にも、インド洋沿岸を中心にアジア太平洋地域を襲った津波の発生時、両国は緊密に連携して救援活動を行う経験をしている。さらにオーストラリアは、目下、日本の安全保障にとって最大の懸案である北朝鮮による核開発問題の解決にも強い関心を示しており、大量破壊兵器やミサイル技術の拡散防止を目的とした取り組みであるPSI(拡散に対する安全保障構想)にも、日本と同様、参加している。(1)


このように現場で先行して始まった日豪の安全保障協力であるが、2007年に入って制度化も早いスピードで進み始めた。わが国が初めて米国以外に安全保障上のパートナーを得た意義は大きい。アジア太平洋地域の安定は日本にとって死活的な重要性を持つが、同盟国米国は中東政策に大きなエネルギーを割かざるを得ない状況であり、この地域へのコミットメントには若干の不安がある。そのような状況下、地域の安定に強い意欲を持つオーストラリアとコンビを組むことは、米国の安全保障政策の変更(特に、アジア太平洋地域への関与を減少させるような決定が行われた場合)によって日本が受けるリスクを減らし、より安定的な地域環境の構築に大いに役立つものと期待できよう。


しかしながら、日豪の安全保障パートナーシップは厳密には二国間関係としてではなく、むしろ米国を含めた三カ国枠組みとして理解する必要がある。オーストラリアがきわめて緊密な同盟関係を米国と築いてきたことは周知のところだ。実際、先に挙げたイラクでの活動や津波の際の救援活動、またPSIのいずれにおいても、米国も参加し、主導的な役割を果たしていたのである(2)。


欧州の場合、多国間の安全保障取り決めであるNATO(北大西洋条約機構)が発展してきたが、アジア太平洋地域では、米国を中心に複数の二国間同盟が並立するという形態を取ってきた。その理由としては、この地域では文化や歴史的背景、価値観などの多様性が著しく、多国間枠組みを形成するのには不向きであることが指摘されてきた。


しかし、今日のように脅威が多様化・グローバル化した時代においては、多国間の安全保障協力が欠かせなくなっている。このように考えると、今回、価値観や戦略上の目標の多くを共有する日豪両国の間で、米国を含めた三カ国協力関係の発展を視野に入れた安全保障パートナーシップへの機運が生まれたのは、きわめて自然な流れだったと言えるだろう。


さて、今回、このように始動した日豪の安全保障関係であるが、これから克服していくべき課題にはどのようなものがあるだろうか。


最大の課題は、いかに迅速に運用面での実際的な協力体制を作りあげていくかだろう。いくら政治レベルでパートナーシップが合意されても、具体的な運用面での取り決めがなければ、いざという時に「絵に描いた餅」で終わってしまいかねない。今後は速やかに実務的な協議に入り、実効的な協力体制を構築していく必要がある。


その際、問題になるのは、日本政府が集団的自衛権の行使は憲法によって禁止されているという立場を取っていることである。再三指摘されてきた通り、この規定があるがゆえに米国との同盟関係において日本側ができる協力の範囲は大きく制限されてきた。同様の問題は、当然、オーストラリアとの関係についても生じることになる。イラクにおいてオーストラリアは自衛隊の安全を確保するという危険な役回りを進んで引き受けてくれた。しかし、今後、協力する場面が増えれば増えるほど、役割分担における不均衡に対しオーストラリアが疑問を抱くようになる危険性は高いと言えよう。


次なる課題は、安全保障面に限らず、広くさまざまな分野で日豪の協力関係を築いていくことだ。この度のパートナーシップ構築については、日本との協力強化に強い意欲を示してきたハワード豪首相の意向が強く働いていると言われている。ハワード首相が在任している限り、日豪の安全保障協力は順調に進展していくだろう。しかし、同首相は在任期間が既に11年に及んでおり、今後も長期間、首相の座に留まりつづける可能性はそれほど高くない。したがって、日本の課題は、いかにポスト・ハワード時代においても日豪のパートナーシップを維持していくかだ。


この点で有効だと思われるのは、日豪関係を単に安全保障面に留まらず、複合的・多層的に強化していくことである。日米同盟にしても、軍事的な協力だけではなく、政治、経済、文化など様々な面での緊密なつながりが両国間に形成され、その強固な基盤の上に成り立っているのである。オーストラリアとの関係についても、様々な分野・レベルにおいて強いつながりを築いていくことが、その時々の状況の変化に耐えうる永続的なパートナーシップの構築へとつながっていくことだろう。


【註】

(1)PSIの参加国は、現在、日、米、英、伊、オランダ、豪、仏、独、スペイン、ポーランド、ポルトガル、シンガポール、カナダ、ノルウェー、ロシアの15カ国をはじめとする80カ国以上である。
詳しくは、外務省の解説ページ参照。http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fukaku_j/psi/psi.html


(2)厳密に言えば、日米豪印の4カ国での協力だった。この4カ国の協力体制によって、国連の活動開始によりも早く救援活動を始めることができた。