2006年10月9日の北朝鮮の核実験を受けて、日本政府は10月11日に対北朝鮮措置を発表した。その内容には「北朝鮮からのすべての品目の輸入を禁止する」ことも含まれている。北朝鮮産の食料品も輸入禁止となったが、これが日本の食料事情に与える影響は極軽微である。一方、北朝鮮は食料を日本に輸出できなくなった。これが北朝鮮の食料事情に与える影響はどうか。実は、北朝鮮の食料事情は、食料輸出とも深い関係がある。
以前のコラム「国連データから見た北朝鮮の食料事情① ~食料自給率~」で論じたように、北朝鮮の食料事情が悪化した一因として、もともと食料生産高が十分な水準ではないことに加え、不足時に食料を輸入する能力が不十分であることが挙げられる。ただし、北朝鮮の食料事情は、日本のように満足できる水準ではないが、コンゴ民主共和国ほど酷い有様でもない。それは、コンゴ(民)に比べると、北朝鮮は食料援助を受けたり、食料を輸入したりすることが可能だからでもある。故に、北朝鮮の食料自給率は、コンゴ(民)に比べると低くなる。
食料自給率の話では食料輸入ばかり出てきたが、これは北朝鮮が食料を輸出していないことを意味するのではない。食料自給率は、「生産 / (生産 + 輸入 - 輸出) × 100」という計算式で求められる。つまり、食料を輸入しても、輸出が多ければ、それだけ食料自給率は高まることになる。食料自給率が低くなる要因は食料を輸入しているからであるが、正確には食料輸入が食料輸出を上回っているからである。ということは、食料自給率が100%に満たない北朝鮮の食料輸出入、すなわち食料貿易では輸入が輸出を上回っている状態にあるはずである。まず、国連食糧農業機関(FAO)のデータを使って、金額ベースによる1961年から2004年までの北朝鮮における食料貿易の推移をグラフ(図1)で見てみよう。データそのものは、表1としてコラムの最後に掲載している。ただし、FAOのデータが正確である保証はないので、データの数字は大まかな傾向を知るための参考程度と考えてもらいたい。
出処:国連食糧農業機関(FAO) http://faostat.fao.org/site/535/default.aspx |
図1で見た場合、1960年代から北朝鮮では食料輸入が輸出をほとんど上回っていたことが分かる。ただし、意外と輸出が多い時期もある。70年代中頃から80年代中頃までは、他の時期に比べて食料輸出が多い。冷戦後である94年から98年までの期間も、その前後の時期と比べて食料輸出が多い傾向にある。しかし、94年から98年までの期間は、まさに北朝鮮で餓死者が続出していた90年代中頃から後半にかけての期間と重なっている。つまり、北朝鮮は、国内で餓死者が出ていたときに、むしろ食料を多く輸出していたことになる。飢餓が蔓延していた時こそ食料輸出が多いというのは、奇異に感じざるを得ない。
しかし、カロリーベースで北朝鮮の食料貿易を見ると、様相が異なることに気がつく。図2は、1990年から2004年までのカロリーベースによる北朝鮮の食料貿易量を示している(データである表2はコラムの最後に掲載)。それによると、食料輸出と輸入の差は歴然としている。北朝鮮はまるで食料を輸出していないかのようである。しかも、1995年以降の食料輸出は、それ以前に比べても非常に少ない。図2では、95年以降の総輸出量がもはや見えないほどである。
出処:国連食糧農業機関(FAO) http://faostat.fao.org/site/556/default.aspx |
なぜ、金額ベースとカロリーベースでは、こうも様相が異なるのか。その原因として、北朝鮮がカロリーの割には高額な食料を輸出し、低額な食料を輸入していることが考えられる。例えば、コメを輸出して得た外貨で、トウモロコシを輸入すれば、元のコメよりも多くのカロリーを得られる。なぜなら、同じカロリー分の量ならば、一般的に国際価格ではトウモロコシがコメよりも格段に安いからである。北朝鮮から数多く日本に輸入されることで有名な松茸は、さらに分かりやすい例であろう。松茸は非常に低カロリーである。しかし、高額で日本に売れる。松茸を輸出して得た外貨によって安価な穀物を輸入すれば、国内で松茸を消費する場合に比べて遙かに多くのカロリーを摂取することができる。
つまり、北朝鮮の食料輸出とは、より安価で多くのカロリーを摂取できる食料を輸入するための外貨稼ぎの一面があるといえよう。それゆえ、飢餓が蔓延していた時こそ、金額ベースでは食料輸出が多くなることがあり得るのである。それは、比較的カロリーが低く高額な食料を輸出することで、より多くのカロリーがあって安価な食料を輸入するためである。ただし、金額ベースで見ると、常態的に食料輸入は食料輸出を上回っているので、食料を輸出して得た外貨だけでは、食料輸入には不十分である。工業製品を輸出して得た外貨や海外からの援助等も、食料輸入に使われていると考えられよう。それでも以前のコラムで論じたように、やはり北朝鮮では十分に食料を輸入できていないのが現状なのである。
日本の輸入禁止措置は、北朝鮮に外貨獲得の機会を喪失させる。故に北朝鮮の食料事情をさらに悪化させるはずである。ただし、それは北朝鮮の貿易相手国が日本のみと仮定すれば、である。実際には、そんな事はありえない。北朝鮮は、輸出先を変更して被害を軽微にすることが可能なはずである。中国や韓国、ロシアなどは輸入禁止措置をとっていないからである。従って、今回の日本の輸入禁止措置によって、北朝鮮の食料事情が大きく悪化することは考えにくい。北朝鮮の食料事情は、中韓ロなどがこれからどのような措置をとるのかによって、大きく影響されることになろう。
[参考資料]
表1 北朝鮮における食料貿易額 (単位:1,000ドル) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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出処:国連食糧農業機関(FAO) http://faostat.fao.org/site/535/default.aspx 全ての品目を合算した数値である。 |
表2 北朝鮮における食料貿易量 (単位:Billion cal [10億カロリー]) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
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出処:国連食糧農業機関(FAO) http://faostat.fao.org/site/556/default.aspx 残念ながら、1989年以前のデータは掲載されていない。 |