北朝鮮の六カ国協議復帰決定について、ロシアでは既にイワノフ副首相兼国防相らがこれを高く評価しているほか、カムイニン外務報道官も「ロシアは六カ国協議の早期再開に向けて最大限努力する用意がある」旨述べている。これまで「北朝鮮の核開発問題は対話を通じて解決すべき」ことを主張してきたロシアにとって、六カ国協議が再開に向かっているという今の状況は、確かに歓迎できるものであろう。しかし、北朝鮮の核開発問題で今後ロシアが重要な役割を果たし得るのかといえば、それは恐らく「否」であろう。ごく大まかに言って、ロシアは北朝鮮の核開発問題を焦眉の課題として捉えていないし、ロシアは北朝鮮にほとんど影響力を持っていないと考えられるからである。
まず、ロシアにとっての北朝鮮の核開発問題の位置づけについてであるが、国境地帯の安定化や核不拡散体制の保持、あるいは北東アジアとの経済統合の推進など、ロシアの国益上の観点から、ロシアが北朝鮮の核開発問題に無関心ということはあり得ないけれども、ロシアにとってこの問題の「深刻さの度合い」は、他の六カ国協議参加国のそれに比べて大変に小さい。確かに、プーチン大統領は、北朝鮮の核実験を「許し難いもの」として非難しているし、議会などには北朝鮮の核武装化の動きを問題視する向きもあるが、基本的に極東はロシアにとって「辺境の地」であり、クレムリンが現段階において北朝鮮の核実験を極めて深刻なものと捉えているとは思われない。このことは、7月に北朝鮮が日本海に向けてミサイルを発射した際のロシアの対応振りからも窺われる。
もちろん、ロシアが北朝鮮の核開発問題に無関心ということはないが、ロシアは現在、イランの核開発問題、グルジア問題、WTO加盟問題など、北朝鮮の各開発問題以上に重要な外交案件、それも米欧との枠組みの中でなければ解決できない外交案件を多数抱えている。「もっと大事なことがある」というのがクレムリンの本音であろう。10月25日、プーチン大統領が国民の質問に直接答えるというテレビ番組があり、その中でプーチン大統領は、北朝鮮の核実験に関する沿海地方の住民の質問に答え、「実験は許し難いが、なぜこうなったかを理解する必要がある。協議参加者が同調できていない。合意を目指す当事者の一つを袋小路に追い込むべきではない。事態打開の最善策は六カ国協議だ」旨述べたが、これは北朝鮮への援護ないし日米への牽制といった積極的なものではなく、「北朝鮮を追い込むことで状況が面倒になっては困る」といった消極的なものとみるべきだろう。
次に、ロシアの北朝鮮への影響力であるが、そもそも、今のロシア外交は「現実に立脚した実利追及型」であり、外交の重点はCIS諸国や西側先進国、また中国やインドといったアジアの大国との関係を強化することに置かれており、現在のロシアと北朝鮮との関係は、ソ連時代と全く比較にならないほど弱い。周知の通り、北朝鮮の建国以降、経済・軍事などあらゆる点で北朝鮮を支援してきたソ連は、1980年代に経済の疲弊などに耐えられず西側に接近、1990年には韓国との国交正常化に踏み切った。翌1991年、ソ連は解体され、新生ロシアの大統領となったエリツィンはコズィレフ外相と共に西側諸国との協調外交を推進、この路線は後にやや修正も受けたが、西側との協調を基本とするロシアの外交姿勢は基本的に変わっていない。こうしたことを背景に、朝鮮半島では、ロシアと韓国との関係が強まるのに反比例して、ロシアと北朝鮮の関係は弱まり、現在に至っている。
例えば貿易額では、2005年のロシアの貿易に北朝鮮が占める割合はわずか0.07%、順位にして74位に過ぎず、これはチュニジアやバハマと同レベルである(注1)。他方、2005年の北朝鮮の貿易にロシアが占める割合は約5%、順位にして4位でしかないと推計される(注2)。また、軍事関係では、バルエフスキー参謀総長が10月16日、「ロシアは現在、北朝鮮と間で何らの軍事及び軍事技術上の協力も行っていないし、北朝鮮には兵器のみならず以前供給していた軍事機材のスペアも売っていない」旨発言している(注3)。
(注1)ロシアと北朝鮮の貿易はロシアが圧倒的な輸出超過で、ロシアから北朝鮮への輸出物は大半が燃料。なお、ロシアの貿易相手国では、韓国は日本に次ぐ16位。
(注2)北朝鮮の貿易相手国では、1位が中国、2位が韓国。この二カ国が北朝鮮の貿易総額の約70%を占めているとみられる。
(注3)以前、ソ連と北朝鮮の間には有事の際の軍事支援条項を含む「ソ朝友好協力相互援助条約」が存在したが、これは1995年に破棄され、1999年に新たに締結された「ロ朝友好善隣協力条約」は、軍事支援条項を含まないものとなった。
イワノフ副首相兼国防相は11月9日、「ロシアは、イランや北朝鮮の核開発問題の解決を図りつつ、ユニークな調停役を果たしている」旨述べたが、確かに、北朝鮮の核開発問題でロシアが果たし得る役割は、「ユニークな調停役」としか表現できないものであろう。ロシアとしては、「対話による解決」を主張しても、それを実現させる強い意志も手段もなく、問題の解決についてはこれを事実上米国と中国に任せるしかない。しかし、北朝鮮の核開発問題で実際に果たせる役割が小さいにもかかわらず、この問題に関わり続けることは、ロシアにとってはメリットがある。朝鮮半島の非核化がロシアの国益に適うことは無論、この問題の討議メンバーであること自体が北東アジアへのプレゼンスを維持する上で有意義であるし、この問題がロシアにとっての「外交カード」にもなり得る-例えば北朝鮮問題で米国に譲歩する代償としてグルジア問題で米国に譲歩させる-からである。