2006年7月5日に北朝鮮からスカッドとノドン各3発、テポドン1発の計7発と推定される弾道ミサイルが発射されたが、北朝鮮の弾道ミサイル発射が確認されたのは、1998年8月31日以来のことである。
今回の北朝鮮のミサイル発射の目的は何か。この問いについて、様々な憶測が飛び交っているが、最も重要な手掛かりは、7月6日に朝鮮中央放送で報道された北朝鮮外務省スポークスマンの発言である。これは北朝鮮が最初にミサイル発射を認めたものだが、同時にそれに関して北朝鮮が日米に発したメッセージの性格をもっている(1)。ここでは、この発言に的を絞って、北朝鮮のミサイル発射の目的とそのメッセージについて考察する。
この発言は、7月7日に『労働新聞』(朝鮮労働党機関紙)に掲載されているため、北朝鮮の支配政党である朝鮮労働党が認めた内容である。しかも、政府機関である外務省のスポークスマンによる発言である。つまり、ミサイル発射は一部で報道されたような軍部の暴走などによるものではなく、朝鮮労働党や政府機関も認めた行動であり、この発言は労働党や政府、軍部などの北朝鮮の最高指導層が日米に発したメッセージであるといえる。
北朝鮮外務省スポークスマンの発言には二つの重要なポイントがある。一つ目は「万一我々に強大な自衛的抑止力がなかったなら、米国は…我々を何回も攻撃した」と主張している点である。二つ目は、「(日米が北朝鮮との合意を守らない)中で、我々だけが一方的にミサイル発射を保留する必要はない」と主張している点である。
第一点については、米本土に届くようになるまでミサイル開発や実験を止めないというメッセージと考えられる。北朝鮮は、少数の核兵器さえあれば、米国からの攻撃を抑止できると考えているのであろう。核兵器というのは、たった1発でも相手国に耐え難いほどの破壊をもたらす兵器である。しかも、ミサイルは、爆撃機よりも迎撃が難しいという点で、核兵器を敵地まで運ぶ最も有効な運搬手段である。たとえ米国が数十発の核兵器によって北朝鮮を全滅できても、1発の核ミサイルによってロサンゼルスが壊滅する危険があれば、米国は北朝鮮を攻撃することを思い止まるであろう。そのために、米本土に届くミサイルが必要になるというのが北朝鮮の考え方の基本であると、この発言から読み取れる。そこから、今回のミサイル発射が、米本土に届くミサイルを開発するための実験であったことが伺える。
第二点については、日米が北朝鮮を圧迫すれば、さらにミサイルを発射するというメッセージと考えられる。この発言では、北朝鮮に圧力を加えているので、日米は日朝平壌宣言や6カ国協議共同声明など合意を履行しておらず、北朝鮮もこれらの合意に拘束されないでミサイルを発射できると強弁している(2)。そこから、今回のミサイル発射の目的には、ミサイル実験だけではなく、北朝鮮に対する圧迫を止めなければミサイルを発射するという米国と日本に対する警告も含まれていたことが分かる。だから、米本土攻撃用に開発中のテポドンだけでなく、スカッドやノドンという日本も射程距離においたミサイルも数多く発射したのだと考えられる。
ただし、外務省スポークスマンの発言には、核兵器やミサイルを放棄するために米国との対話や交渉を望むというメッセージも残されている。発言には、「朝鮮半島の非核化を対話と交渉を通じ平和的に実現しようという我々の意志は今も変わりがない」とある。ミサイルを発射しておきながら、米国との対話を望むというのは奇異に感じる。
しかし、米国との対話や交渉は、成功しても、失敗しても、北朝鮮にとって有利なのである。テポドン2号の発射が失敗したと分析されているように、北朝鮮にはまだ米本土を核攻撃できるミサイルがないので、米国からの攻撃を抑止できない。そのために、これからの北朝鮮には二つの選択肢がある。一つには、核兵器とミサイルの開発を中止することである。ただし、核兵器とミサイルは米国から攻撃されないように開発してきたものであるため、それを放棄するには米国から絶対に攻撃されないという保障が必要となる。二つには、このまま核兵器とミサイルを開発し続けることである。ただし、開発が終わるにはまだ時間がかかる。
米国との対話や交渉は、この二つの選択肢のどちらの条件も満たすものである。もし、交渉によって米国との対立が解消され、米国から攻撃される危険が全くなくなれば、まだ完成途上にある核兵器やミサイルをさらに開発する必要はなくなる。しかし、交渉によっても米国との対立が解消されず、時間だけが悪戯に過ぎていっても、開発のための時間が稼げるのである。
従って、北朝鮮が米国との対話や交渉を望むのは、核兵器やミサイルの放棄と開発続行についてフリーハンドを握ることができるからである。だから、外務省スポークスマンの発言には、米国との対話や交渉を望むというメッセージが残されているのだといえよう。ただし、それは、核兵器やミサイルの開発を続けるという北朝鮮の方針がまだ完全に定まっていないことも示唆している。もし、開発のために時間を稼ぐだけであれば、米国と対話しなくても可能だからである。外務省スポークスマンの発言からは、まだ北朝鮮に核兵器やミサイルを放棄させる余地が残されていることが分かるのである。
(1) 北朝鮮外務省スポークスマンの発言の全文は、以下を参照。本稿では、朝鮮語の原文を参照したが、これは日本語の翻訳であるため本稿とは若干用語が異なる。
http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?News_id=142006070601700
(2) 北朝鮮がいう米国の圧力とは、具体的には、偽札や麻薬取引などの資金洗浄に関与した疑いが指摘され、米財務省によって米金融機関との取引が禁止されたマカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア」が、自行にある北朝鮮の口座を凍結したことである。さらに発言では、日本は拉致問題を国際問題にして、米国が北朝鮮にさらに圧力をかけることに加担したと主張している。