安全保障問題としての中国海洋調査船

毛利亜樹(同志社大学法学部准教授)
安全保障問題としての中国海洋調査船

「研究レポート」は、日本国際問題研究所に設置された研究会参加者により執筆され、研究会での発表内容や時事問題等について、タイムリーに発信するものです。「研究レポート」は、執筆者の見解を表明したものです。

*本研究で使用したAISデータは日本国際問題研究所の研究費で購入しました。また、AISデータのビジュアル化ではingeniSPACEの支援を受けました。記して感謝いたします。

中国の外洋進出が本格化している。日本では、2025年6月、沖ノ鳥島や南鳥島付近の北西太平洋に初めて中国の空母2隻が同時展開し、対抗演習を行なったことが注目された。中国の海軍戦略には、2018年までに従来の「近海防御と遠海防衛」に加えて「大洋存在、両極拓展」という新たなコンセプトが加わったという1。その一方で、海軍が行動する前提として、中国はさまざまな海洋データを収集し、海底地形や海流・潮流などの状況を十分に把握していなければならない。このため、中国海軍の活動が本格化する前に、中国の海洋調査活動が活発化する。

長らく中国の海洋調査船の動向は、中国海軍やグレーゾーン作戦の担い手として今や有名な中国海警局船と漁船の役割ほど注目されてこなかった。しかし、オープン・ソースの船舶自動識別装置(Automatic Identification System: AIS)データの活用が進むにつれ、中国海洋調査船のグローバルな活動が認識されるようになった。特に、2025年に中国の海洋調査船「探索1号」のオーストラリア大陸の周回は物議を醸した。それ以降、中国の海洋調査活動はアメリカとの潜水艦戦に向けた準備であるとの見方が出ている2

その一方で、海洋調査の拡大をもたらした中国の国内構造は未だ十分に解明されていない。そこで、本稿は中国の政策文書等の検討とingeniSPACE社の協力によるAISデータの分析を組み合わせることで、この研究上の空白に初歩的に貢献する。本稿は、習近平政権の軍民融合の海洋政策のもとで、中国の海洋調査船は、近隣諸国を威圧するグレーゾーン作戦の手段になっていると論じる。

課題の多い「海洋の科学的調査」

国連海洋法条約は、一定の制約を設けつつ、「海洋の科学的調査」の自由を幅広く認めている。中国を含む諸国は、他国の利益に妥当な配慮をする義務はあるものの、公海において「海洋の科学的調査」を行う自由を有している。国際海底機構(International Seabed Authority:ISA)の管理する深海においても、国連海洋法条約の締結国は、関連規定の制約を受けるが、専ら平和的目的と人類全体の利益のために「海洋の科学的調査」を実施できる。さらに国連海洋法条約は、排他的経済水域(EEZ)や大陸棚における「海洋の科学的調査」についても、沿岸国の同意のもとで実施できると規定した。

EEZや大陸棚での海洋環境に関する科学的知見の増進を目的とする他国の「海洋の科学調査」の実施に、沿岸国は同意を与えるものとされている。これに対し調査国は、沿岸国の要請に応じて調査結果等を提供し、取得したデータが国際的な利用に供されることを確保しなければならない3。この同意レジームと呼ばれる手続規定は、「海洋の科学的調査」が海洋環境に関する科学的知識の増進に貢献するという理念を前提にした規定である。

ところが「海洋の科学的調査」は実効性に問題を抱えている。「海洋の科学的調査」の技術と装備は、軍事調査や沿岸国の主権的権利を侵害する恐れのある資源探査と同じである。このため外観でこれらの調査を区別することは極めて難しい。さらに、純粋な科学的検討を目的に収集されたデータも軍事利用できる4。より根本的にいえば、国連海洋法条約の規定する海洋の平和利用とは何であるかについての諸国の合意もない。

しかし、沿岸国の安全保障のために、海洋の軍事利用を国連海洋法条約によって規制する合意は諸国の間でなされなかった5。したがって、たとえ中国海洋調査船の獲得した科学データが中国軍の太平洋進出に貢献し、地域の安全保障バランスを変化させ得るとしても、これを国際法で一般的に規制することはできない。

海洋における軍民融合

国連海洋法条約が想定する「海洋の科学的調査」の理念と中国の政策の乖離は大きい。基礎科学研究を奨励する習近平政権は、中国が国連海洋法条約の想定する「海洋の科学的調査」の理念―全人類に貢献する海洋環境に関する科学的知見の増進―を完全に無視しているのではない。しかし、習近平政権の「経略海洋」という用語を使った海洋政策の目標は、中国の統一と繁栄のために海洋を支配下に置くことである6。この文脈では、「海洋の科学的調査」は他国と争いのある海域で中国の海洋主張を誇示する手段に位置付けられる。それだけではない。中国の海洋調査船は、(1)他国の排他的経済水域、(2)深海や公海(国家管轄外海域)をも中国のために利用する手段となる。

習近平政権は中国の海洋調査活動を新たな段階へ押し上げた。2015年、中国政府は国家海洋局や国家発展改革委員会をはじめとする7つの文民官僚機構の連名で「海洋調査工作の強化に関する指導意見」という政策文書を発表した。そこでは海洋調査のグローバル化、重点海域調査の常態化、「深海、大洋、極地」での海洋調査が打ち出された7。さらに2016年、習近平は自ら「世界科学技術強国」になるために突破すべき技術的課題を列挙した際に、深海の探査・開発技術の取得も加速するよう求めた8。これらを受けて2017年に科学技術部、国土資源部、海洋局が連名で地方政府等に「海洋科学技術十三次五カ年規劃」(2016-2020年)を通知した。極地、大洋、深海をカバーする総合的な海洋調査船の建造は、「海洋科学技術十三次五カ年規劃」の重点建設対象の1つである9

中国の海洋、とりわけ深海へのアプローチは軍民融合である。「海洋科学技術十三次五カ年規劃」を例に取ろう。この政策文書は、中国がなぜ深海での科学技術水準を向上させるべきなのかを説明している。まず筆頭に来るのは、公海・深海の囲い込み競争に勝つことである。続いて、深海から来る敵の威嚇、海洋国土の防御、シーレーンでのリスク対応能力の向上が挙げられている。経済と環境はその次に言及されている10。「海洋科学技術十三次五カ年規劃」の発行元も宛先も文民の官僚組織であるが、深海における安全保障利益の確保を最優先しているのである。

前述の「海洋調査工作の強化に関する指導意見」は、海洋調査で収集した資料を国家のデジタル・プラットフォームに統合して共有と応用を進めると謳っている11。この文書は軍事利用に直接触れていないが、中国政府の深海政策で安全保障利益が経済・環境より優先される状況に鑑みれば、海洋調査で得られた各種データの軍事利用は必然であろう。

実際、非公開の「国家軍民融合戦略規劃」では海洋領域の軍民融合が最重要視されているという。2019年時点の議論で、中国の主張する「300万平方kmの管轄海域」において、平時に海洋で経済活動に従事し、戦時に海上作戦を支えるデュアルユースのモニタリングシステムの整備を進めることが謳われていた12

グレーゾーン戦術としての海洋調査

前節で述べたように、海洋調査船の建造は中国政府の重点支援を受けてきている。2016年に教育部が承認した中国最大の海洋調査船「中山大学」(114.3メートル、6900トン)も、この政策文書に基づいて建造されたとみられる。2017年7月から中国船舶集団所属の第708研究所が「中山大学」の設計を開始した。2019年10月から正式に同船の建造が始まり、2021年6月に試験航行を終えて中山大学海洋科学考察センターに配備された13

中国のメディアは、広東省にある中山大学が1928年に南シナ海の西沙諸島で中国初の海洋調査を行ったことを引用した14。つまり、中国最大の海洋調査船として、「中山大学」には再び中国の意思を他国に毅然と示す役割が期待されている。

2025年に「中山大学」が残した船舶自動識別装置(AIS)の航跡は、まさに中国の海洋主張を体現していた(図1)。第1に、2025の4月から5月にかけ、「中山大学」は、台湾とフィリピンの間のバシー海峡で2つの奇妙な半月型の航跡を残した。第2に、続いて「中山大学」は同年5月から6月にかけて南シナ海で中国が主張する九断線の外縁をなぞるように航行した。

(図1) AISデータ上の中国の海洋調査船「中山大学」(MMSI413263240)による台湾から南シナ海にかけての航行(2025年4月から6月)

第1の半月型の航跡は台湾南部高雄沖の台湾の主張するEEZ内でみられた。第2の半月型航跡は、台湾東部太平洋側の、フィリピンのEEZ内で見られた(図2)。一部の航跡は台湾の主張する排他的経済水域にも入っている。フィリピン沿岸警備隊のタリエラ報道官は、第2の半月型航跡を残した中山大学の動向にのみ反応した。同報道官は、「中山大学」がイトバヤット島北東145キロメートル地点のフィリピンのEEZ内でかなりの時間を費やし、フィリピンの同意のない海洋調査を行なっていたと指摘した15。管見の限り、台湾のコーストガードである海洋委員会海巡署は、「中山大学」の動向に対し、何ら公式の反応を示していない。

バシー海峡で不可解な半月型の航跡を残した中国海洋調査船は何を行なっていたのか。中山大学は南シナ海での航行とは異なり、何も発表していない。米国の民間シンクタンク戦争研究所は、(1)中国による台湾周辺海域封鎖での潜水艦の航行のための海底調査、(2)米国からフィリピン北部バターン諸島への対艦ミサイルシステムの移転に対抗するため、中国の海洋調査船をしてバターン諸島に水上艦を攻撃する装置を設置させた可能性を指摘している16

(図2) AISデータ上の中国の海洋調査船「中山大学」(MMSI413263240)によるバシー海峡での動向(2025年4月から5月)

AIS上の「中山大学」のデータによれば、同調査船は2025年5月から6月にかけて南シナ海を航行した。奇妙なことに、中山大学は、AIS上の「中山大学」のデータと異なる、2025年8月に南シナ海で同調査船の活動を発表した。それによると、「中山大学」は6000メートルの深海で活動できる遠隔操作型無人潜水機(ROV)「海琴」の海上実験を行った。同時に、「中山大学」は自律型無人潜水機(AUV)「海斗1号」も投入した。1隻の支援船を通じて2つの異なる無人機を連携させた科学調査を始めて実施したという17

中国は国連海洋法条約の「海洋の科学的調査」の権利を行使していると主張するだろう。しかし、中国の海洋調査船は台湾封鎖に向けた情報収集などを着実に進めていると考えられる。南シナ海でも「九段線」に沿って海洋調査を行うことで、2016年の南シナ海に関する仲裁裁判の判決を無視している。中国の海洋調査は、全人類のために海洋科学環境を知悉するという条約が想定した「海洋の科学的調査」の理念から、明らかに大きくかけ離れている。中国海洋調査船は中国海警局船と漁船に並ぶ、中国のグレーゾーン作戦の担い手であると考える必要がある。

2025年10月から11月にかけ、「中山大学」は日本の大隅半島と種子島の間の大隅海峡上の公海を通過し、第二列島線を越えた北西太平洋の公海上で海洋調査を行った(図3)。日本は海上保安庁と外交ルートによって、日本の同意のない中国の海洋調査に対し抗議を行ってきた。これらに加え、日本は、日本のEEZのすぐ外で中国の海洋調査船が何を行なっているのか把握し、必要に応じて対策を練る必要がある。

(図3) AISデータ上の中国の海洋調査船「中山大学」(MMSI413263240)による日本のEEZ周辺での動向(2025年10月から11月)

(脱稿日:2026年3月31日)


  1. Ryan D. Martinson, “The Role of the Arctic in Chinese Naval Strategy,” China Brief, Volume 19 Issue 22, (20 December 2019), https://jamestown.org/the-role-of-the-arctic-in-chinese-naval-strategy/
  2. Euan Graham and Ray Powell, “Seabed sensors and mapping: what China’s survey ship could be up to,” The Strategist, Australian Strategic Policy Institute (ASPI), April 9, 2025. https://www.aspistrategist.org.au/seabed-sensors-and-mapping-what-chinas-survey-ship-could-be-up-to/; 反論として、以下。Jennifer Parker, “China’s “spy ship” that wasn’t off the coast of Australia,” theintepreter, Lowy Insitute, April 17, 2025. https://www.lowyinstitute.org/the-interpreter/china-s-spy-ship-wasn-t-coast-australia; 太平洋、インド洋とアラビア海、日本近海における中国の海洋調査船の動向を取り上げたレポートに、以下。 Peter McKenzie, “China is mapping the ocean floor as it prepares for submarine warfare with the US,” March 24, 2026. https://www.reuters.com/investigations/china-is-mapping-ocean-floor-it-prepares-submarine-warfare-with-us-2026-03-24/
  3. 同意レジームの解説として、榎孝浩「排他的経済水域及び大陸棚における海洋の科学的調査―我が国の取り組み状況と諸外国の法制度―」『調査報告書 海洋開発をめぐる諸相』国立国会図書館調査及び立法考査曲、2012年。pp.125-128. 鶴田順「排他的経済水域における「海洋の科学調査」―沿岸国による「海洋の科学調査」規制法の執行可能性に焦点をあてて―」東京海洋大学、2012年。https://www3.kaiyodai.ac.jp/sip-ocean/report/img/20160609MSR_tsuruta.pdf
  4. 海洋の科学調査の場合、収集したデータは海洋環境に関する科学的知見の増進のために、通常は公表される。これに対し、軍事調査の場合、得られたデータは軍事機密とされて公表されない。和仁健太郎、「国連海洋法条約における「軍事調査」の位置:「海洋の科学調査」との関係」『阪大法学』66(3-4)、2016年、pp.623-624.
  5. 和仁、前傾論文、p 628. また海洋の「平和的利用」をめぐる各国の見解の相違、公海及びEEZにおける軍事活動を一般的に禁止しない条約の意図について、以下。林司宣『現代海洋法の生成と課題』信山社、2008年、pp. 205-213.
  6. 中華人民共和国中央人民政府「習近平:進一歩関心海洋認識海洋経略海洋推動海洋強国建設不断取得新成就」2013年7月31日。https://www.gov.cn/ldhd/2013-07/31/content_2459009.htm; 謝適汀「新形勢下経略海洋維護海権的科学指南」『中国軍事科学』2014年第4期、76-85ページ。
  7. 中華人民共和国自然資源部、「国家海洋局 国家発展和改革委員会 教育部 科技部 財政部 中国科学院 国家自然科学基金委員会印発《関于加強海洋調査工作的指導意見》的通知」、2015年3月30日、https://gc.mnr.gov.cn/201806/t20180614_1796464.html
  8. 中華人民共和国科学技術部「習近平:為建設世界科技強国而奮闘」2016年5月31日、https://www.most.gov.cn/ztzl/qgkjcxdhzkyzn/btxw/201705/t20170526_133113.html
  9. 中華人民共和国科学技術部「科技部 国土資源部 海洋局関于印発《“十三五”海洋領域科技創新専項規劃》的通知」2017年5月8日、21ページ。https://www.most.gov.cn/xxgk/xinxifenlei/fdzdgknr/fgzc/gfxwj/gfxwj2017/201705/t20170517_132854.html
  10. 前傾資料、6-8ページ。
  11. 「国家海洋局 国家発展和改革委員会 教育部 科技部 財政部 中国科学院 国家自然科学基金委員会印発《関于加強海洋調査工作的指導意見》的通知」、(四)(9)。
  12. 張子利「軍民一体化智慧海洋建設及海洋信息安全問題研究」『網信軍民融合』2019年2月、23-26ページ。
  13. 中山大学海洋科学考察中心「船舶概況」https://coe.sysu.edu.cn/ship/size
  14. “China’s largest marine research, Training vessel commissioned,” CGTN, August 29, 2020. https://news.cgtn.com/news/2020-08-29/China-s-largest-marine-research-training-vessel-commissioned-TlQMmx4S88/index.html
  15. “3 Chinese research ships sighted in PH waters,” INQUIRER.NET, May 21, 2025. https://www.inquirer.net/444766/3-chinese-research-ships-sighted-in-ph-waters/
  16. Institute for the Study of War, “The China-Taiwan Weekly Update,” May 8, 2025, https://understandingwar.org/wp-content/uploads/2025/06/China-Taiwan20Weekly20Update2C20May2092C2020252028PDF29_0.pdf
  17. Sun Yat-Sen University, “China’s new deep-sea explorer Haiqin completes mission in South China Sea,” August 25, 2025. https://www.sysu.edu.cn/sysuen/info/1023/57251.htm; https://english.news.cn/20250824/2aa27942c7404e548c470c2afafcbfc4/c.html