
国際関係を揺るがすトランプ政権と経済安全保障
国際経済の在り方に外交・安全保障の論理が色濃く反映される世界の中で、経済合理性のみならず安全性や強靭性を基調とする経済システムの再構築が経済安全保障上の最重要課題として顕在化している。
こうした中、米政府にとってサプライチェーンの強靭化はその重要な柱の一つである。関税措置を駆使したサプライチェーンの再編をねらった措置やAIアクションプランで示されたAIの振興策と技術管理策等は、国内製造業の振興(オンショアリング)を含むサプライチェーン強靭化という側面もある。しかし米国の政策や政権幹部の発言などによって、米国政府の経済安全保障政策は外部から理解しにくくなっている。とりわけトランプ政権の単独主義的で二国間交渉を重視する姿勢は、従来型の国際連携の在り方にも疑問を生じさせている。例えば、関税強化措置を同盟国や友好国に対しても発動するなど、米政府は経済安全保障上の重要パートナーとの軋轢も辞さない。また、従来の国際的な枠組みに背を向ける姿勢を以前よりも隠そうともしない。国際輸出管理レジーム「ワッセナー・アレンジメント(WA)」や2021年に発足した米―EU 貿易技術評議会(TTC)に対する後ろ向きな姿勢を政権幹部が示すだけでなく、これらの既存の国際枠組みに代わる新たなプルリラテラルな措置についても、2025年12月にパクス・シリカ(Pax Silica)の発足が表明されるなど、従来と異なる枠組みの構築が志向されるようになっている1。
同様の観点から、中国政府もまた自国の経済力や技術力を高めるための取り組みを一層強化している。そこでの重点の一つは、中国の他国経済への依存度を低下させるとともに、他国の中国経済への依存度を高めることにある。狙いは他国に対する経済力を用いた強制措置の効果を高めるとともに、他国からの圧力を局限化することにある。国際的なサプライチェーンにおける中国の強みは原材料の採掘や精錬などの分野にあることから、中国政府はこの分野の保護や武器化にも着手している。2025年に相次いで表明された中国政府による重要レアアースなどに対する輸出管理措置の強化策は、米政府による対中関税措置の強化・実施を一時停止させるなど米政府の譲歩を引き出した。もっとも、先端産業の分野においてはサプライチェーン全体を統制するまでには至っておらず、その自給率向上が依然として目指されている。
向こう3年は続くトランプ政権と経済安全保障
国際的なパワーバランスの変化が進行するなかで、そのバランスをめぐる米中競争は継続するとみられる。安全保障と経済の領域はより一層分かちがたくなり、いかなる国にとっても経済力強化は経済安全保障の一丁目一番地であり続ける。AI、量子、バイオなどの最先端分野のみならず、鉄鋼や造船などの伝統的分野も経済力(産業競争力)を担保する技術基盤としてますます重視されよう。米中競争によって国際経済に外交・安全保障の論理が色濃く反映され、その不確実性が増す中で、こうした経済安全保障上の措置が引き続き追求されよう。
もっとも、2026年の中間選挙や2028年の大統領選挙を控えるトランプ政権は、必ずしも対中強硬路線一辺倒ではない。トランプ政権は米国経済が好調であることが、選挙における共和党勝利にとって重要であるとみなしている。米中両国の経済が相互依存関係にあり、それらを完全に切り離すこと(デカップリング)が事実上不可能な状況のなか、AI用半導体の対中輸出管理政策をめぐる紆余曲折や関税問題における対中譲歩ともみられるその姿勢は、中国との経済・技術分野における交流や協力の可能性に対する米政府の逡巡を表している。
向こう3年はトランプ政権が続く。米政府の単独主義的で国家間交渉を重視するアプローチは継続する。従来型の国際連携の在り方にも変化が求められている。それでも、国際的なパワーバランスをめぐって経済安全保障分野での米中競争が継続することは間違いないだろう。実際、米国政府は依然として中国の先端半導体製造能力の進展を妨げる方針を崩してはいない。国際政治の根底にある国家間競争の要素を前提としつつ、各国政府が打つ個別措置の意味するところを理解し、それらに柔軟に対応することが肝要であろう。
提言
- 経済力の強化を技術力によって推進するために、先端的な技術開発の果実を社会全体の技術発展へとつなげる取り組みが必要である。イノベーションの推進とともに、その成果を広く社会に応用・普及させるためにエンジニアリングの育成にも注力すべきであろう。ごく少数の特定の優れた研究機関や大学のみならず、高等専門学校や工業高校も含む幅広い教育機関へのコミットメントが必要である。
- 国際経済の在り方に外交・安全保障上の論理が色濃く反映される中、「経済の武器化」のみならず、国境を越えて広がったサプライチェーンを通じて製品にバックドアや爆発物などの異物が混入する「サプライチェーンの毒化」などの脅威も顕在化している。そのような脅威に対応するためには、個々のサプライチェーンの単一障害点(SPOF: Single Point of Failure)を解消するだけではなく、安全性や信頼性を原則とする技術エコシステムや経済インフラからなる経済秩序の構築が求められる。そうした経済秩序は経済合理性や収益性のみならず、弾力性や強靭性を備えた経済の在り方を志向するものである。企業や国民がそうした経済原則・規範に則った経済活動を展開できるようにするために、政府には法的枠組みを整備し、政治的イニシアチブをとるとともに、それらを実質的なものとするために広く国民全般の理解を得るための取り組みが求められる。
- パートナーや連携相手の柔軟な組み替えは、流動的な国際情勢がもたらす不確実性に備えるための鍵であり、経済・技術面での日本の強みを生かし、その脆弱性を局限化するような国際連携を柔軟に進めるべきである。例えば、日米韓で合意されていたサプライチェーン早期警戒警報のメカニズムを具体的に進展させるとともに、インド太平洋地域や欧州の他のパートナーとの間にも同様の枠組みを創出すべきだ。さらに、サプライチェーンの途絶を招くような危機が生じた際に、パートナー間で不足物資等を融通し合うためのメカニズムの創設も検討するなど重層的な取り組みを進めるべきである。
(脱稿日2025年12月12日)
- パクス・シリカは米国主導の国際イニシアチブで、半導体、高性能コンピューティング、シリコン、重要鉱物などのAI時代を支える基盤技術の安全で強靭かつイノベーションを牽引するサプライチェーン構築を目的とするとされた。メンバー国は米国のほかに日本、韓国、オランダ、英国、イスラエル、豪州、シンガポール、UAEとされた(2025年12月発足)。