国問研戦略コメント(2026-2)「例外国家」に回帰するトランプ2.0:中西部で築く防波堤

柳淳(日本国際問題研究所プラットフォーム本部長、前在シカゴ総領事)

国問研戦略コメント(2026-2)「例外国家」に回帰するトランプ2.0:中西部で築く防波堤

「国問研戦略コメント」は、日本国際問題研究所の研究員等が執筆し、国際情勢上重要な案件について、コメントや政策と関連付けた分析をわかりやすくタイムリーに発信することを目的としています。

1.米国中西部を歩いて考えたこと

筆者は米国中西部シカゴ在勤中、米国と世界の行方を左右する2024年大統領選挙プロセスを最前線で観察する機会に恵まれた。1月のアイオワ・コーカス(党員集会)に始まり、7月のミルウォーキー共和党全国大会、8月のシカゴ民主党全国大会、そして2025年に入り共和党の牙城であるミズーリ州とノースダコタ州の新知事就任式に至るまで、中西部10州を歩き回り、多種多様な人々の声に耳を傾けた。

日本における米国理解は、ワシントン発の政治動向、ニューヨーク発の経済金融情報、あるいは西海岸発の先端技術やエンターテインメントに偏りがちだ。しかし、新自由主義的な世界観が主流の東海岸・西海岸とは異なり、トランプ支持層の岩盤であり、製造業と農業の心臓部である中西部の状況や視点は、米国の全体像を理解する上で欠かせないパズルのピースだろう。本稿では、中西部の現場から見えた米国の変質とその変わらぬ偉大さの源泉を振り返ったうえで、トランプ第2期という荒波の中で日本が日米関係をいかに管理すべきかについて論じたい。

2.古き良き民主主義の原風景

2年前の2024年1月15日。アイオワ州は「命の危険がある」と報じられる厳寒と積雪に見舞われていた。その中で行われた共和党コーカス(党員集会)で、1年にわたる大統領選挙プロセスの号砲が鳴った。世界の注目が集まる中、会場で目撃したのは、このデジタル全盛の時代としては驚くほどアナログで素朴な民主主義の原風景だった。有権者が支持候補の名前を紙切れに書き込む。投票箱はなく、スーパーの紙袋に集めたり、テーブルの上に投げ入れたりする。それを有権者の見守る中で、一枚一枚手作業で仕分け、集計していくのだ。紙切れには「Presidential Straw Poll(模擬投票)」と記されている。予備選挙プロセスを通じて、大統領立候補者と有権者の距離が近い場面も多く、一人ひとりの参加意識が高まっている様子に、米国民主主義の偉大さの源泉を感じる。結果はトランプ氏がヘイリー氏やデサンティス氏を圧倒。トランプ候補に本当の強さがあることを示すと同時に、その後の圧勝に向けてさらに勢いづいた。そして、予備選挙で勝利するために候補者が党内支持層に受ける過激な主張に傾くことで、米国内の分裂を助長する遠心力が働くことも肌で感じることとなった。

夏になると4年に1回のビック政治イベント、2大政党の全国党大会となる。2024年の開催場所は、共和党がミルウォーキー、民主党がシカゴと、ともに中西部であった。全国大会は、両党が候補者を指名する前半戦(予備選挙)のクライマックスであると同時に、両党の指名候補者が大統領の座をかけて競う後半戦開始のゴングでもある。党としては、予備選挙プロセスで生じた党内の闘争を癒して融和を図り、11月の本選挙に向けて一致団結を演出する決起集会でもある。両党ともにお祭り的なイベントであり、エンターテイメント性を強く感じた。特に、8月のシカゴ民主党全国大会の盛り上がり直後は、ハリス候補の方に勢いがあるような錯覚を抱いた者も少なくなかった。

1年前の2025年1月。これまた厳寒の中、共和党の牙城であるミズーリ州とノースダコタ州で行われた新知事就任式に参列した(ミズーリ州新知事にとっては、最初の公式会談相手が日本総領事となった)。中西部は広大だ。各州の規模感は欧州の一国家に匹敵する。税制や法規を含めた州の自律性が強い。州の人々にとってワシントンDCは「遠い特殊な場所」に過ぎない。中西部には古き良き米国が残っており、「自分の住む州こそが本当のアメリカだ」、「米国経済を動かしている本当のエンジンは中西部だ」という自負心を持つ人々もいる。州の人々にとっては、ワシントンDCでのトランプ大統領就任式よりも新知事就任式の方が大事な行事ではあるが、同時に、州の政治的志向と親和性のあるトランプ政権が誕生したことを心から喜んでいた。

3.「例外国家」への回帰

そうして始まったトランプ第2期の1年間、世界は再びトランプ流の「米国第一主義」に翻弄され続けている。 かつての共和党大統領は、対外政策・安全保障においては国際協調主義、通商においては自由貿易主義を標榜していた。しかし、トランプ氏は、ユニラテラリズム的な対外政策・安全保障、地経学的な通商政策という真逆の姿勢をとって、党内予備選挙と大統領選挙を勝ち上がった。昨年12月、英エコノミスト誌が「米国の新しい国家安全保障戦略をみると、米国は当てにならない同盟国であり、最悪に備えた方がいい」と警告したように、「米国は変質してしまった。もう元の姿には戻らないのではないか」という悲観論が世界を覆っている。

米国政治学では、新しい争点が浮上し、有権者の支持動向が塗り替えられ、数十年単位にわたる政治体制再編のきっかけとなる大統領選挙を「クリティカル(決定的に重要な)選挙」と位置付けることがある。2024年(あるいは2016年)の大統領選挙が、この「クリティカル選挙」となるのか、あるいはインフレと移民問題といった個別要因に起因した、4年か8年毎に繰り返されている交代現象に過ぎないのか。後世の政治歴史家が評価することになるであろう。

いま一つ言えるのは、米国の指導力が外国から見て「おかしい」と感じられる状況は、過去に何回も存在したということだ。たとえば、1970年代のカーター政権誕生時、その道徳・人権外交や韓国からの陸軍撤退公約は、同盟国・友好国に不安と当惑を与え、米国の信頼性が揺らいだという。また、多国間枠組みを嫌い、二国間交渉で相手に厳しく注文をつけるスタイルも、決して新しいものではない。かつての「沖縄返還と繊維輸出規制」のように安全保障と経済を絡めるパッケージ・ディールや、一方的に公平不公平を判断し、交渉がまとまらないと報復制裁するやり方は、かつての日米貿易摩擦を知る世代には既視感のある、米国の伝統的体質だ。トランプ2.0は、主権国家間の平等という原則が通用しない、巨大な「例外国家」に回帰したかのようだ。

4.変調した伴侶に向き合うとき

トランプ氏の米国を見放すような意見や信頼できないという声が日本国内でも皆無ではない。しかし、よく言われるように、日米同盟は結婚のようなものだ。親子のような英米関係や、兄弟のような米豪関係とは異なり、日米間には共通の文明的基盤がない。だからこそ、日米同盟は、常に相手に気を使い努力して維持していかなければならない。 結婚生活においては、いつも相手が魅力的で理性的であるとは限らない。相手が自分本位に見えるとき、また、相手の欠点が目に付き、不満がたまるときもあるだろう。双方が「自分の方が多くを相手に尽くしており、不公平だ」と感じるときもあるだろう。しかし、結婚関係の真価が問われるのは、相手の機嫌が良いときではなく、相手が苛立ち、迷走し、その言動が賢明に見えないときである。伴侶の様々な面を受け入れる度量と覚悟がないと、関係は長続きしない。

もちろん、19世紀の英国首相パーマストンが「永遠の同盟も、永遠の敵も存在しない、あるのは永遠の国益のみ」と喝破したとおり、日米同盟も無条件に永遠ではない。しかし、我々は先ずは、戦後に米国が日本に対して差し伸べた寛大さや、米国が構築した国際経済秩序や米国市場から日本が得てきた恩恵を想起すべきだろう。そして、日本の地政学的必然と厳しい安全保障環境、世界の将来は覇権国である米国次第であること、日米同盟には安全保障のみならず政治・外交・インテリジェンス・経済上の意義もあることなどを総合すれば、冷徹な国益計算に基づく最適解は、依然として日米友好関係の維持・強化であろう。

5.復元力をもつ伴侶との次世代への投資

面積で日本の5倍にあたる中西部10州を歩いてみて、米国の偉大さの源泉に圧倒された。連邦制(それによるチェック・アンド・バランス)、個人の気質とスケール、けた外れに広大な空間と物量、満ち溢れる自信と活気、進取精神、大学や財団の規模と層の厚さ。こうした米国の偉大さの源泉に触れると、米国は、4年か8年周期で揺れ動きながらも、中長期的に見れば、持ち前の復元力と耐久性を発揮して、偉大な国であり続けるように思えてくる。

そうした米国の復元力に期待しつつも、希望だけでは戦略にならない。日本としてなすべきことの一つは、ワシントンDCの政治状況がどうなろうとも、一喜一憂せずに、そこから生じ得るマイナスの影響を中和するような関係を、各州レベルにおいても、官・民・学・草の根レベルが協力・連携して、多層的に構築・維持・強化していくことであろう。地道なことであり、また、これまで先人たちが長年にわたり積み重ねてきた信頼関係である。中西部では、ウィスコンシン州のキッコーマン、インディアナ州のスバルやトヨタ、ネブラスカ州の川崎重工など、日本企業は、地域の経済と雇用のみならず、良き企業市民として地元コミュニティに貢献して信頼の貯金をしてきた。

他方で、気になる傾向もある。先日、中西部の知人から、米国における日米関係・日本の外交安全保障に関する専門知と教育機会が世代交代により崩壊の瀬戸際にあるとの悲痛な声が届いた。採用減や講座縮小などにより、次世代を担う研究者の育成パイプラインが脅かされており、日米双方の官民からの支援が緊急に必要だという。日本語教育も現状維持が厳しい状況が続いている。関税合意を受けて日本から米国に投資されることになった80兆円の一部でも、「未来への投資」、「人への投資」として、米国における日本・日米関係研究と日本語教育支援や、日米間の若者交流に充てることはできないだろうか。米国における知日派・親日派の育成は、防衛費増額と同じくらい重要な、そして防衛費増額に比べればはるかに安価な、安全保障政策であろう。

さらに言えば、各州は連邦レベルの次の指導者を育てる苗床でもある。今回も、バーガム・ノースダコタ州知事がエネルギー長官として、ノーム・サウスダコタ州知事が国土安全保障長官として第2期トランプ政権入りした。ウォルズ・ミネソタ州知事は民主党副大統領候補になった。オバマ元大統領(イリノイ州上院議員から)や第1期トランプ政権のペンス元副大統領(インディアナ州知事から)など、中西部から連邦レベル中枢へと羽ばたいている。平日はワシントンDCにいる連邦議員も、週末には地元に帰り、日本企業が地元にもたらす恩恵を肌で感じている。今日の各州における対米関係強化は、明日のワシントンDCの対日姿勢に対する投資でもある。

6.荒波を乗り越える「多層的な防波堤」

いま、日本国内でも「最悪の事態」に備えるべきとの見解が聞かれる。今年2026年は米国建国250周年ではあるが、11月には中間選挙を控え、トランプ大統領の予測不可能性はさらに拍車がかかっている。しかし、自己充足的予言とならないように、最悪への備えは、慎重に、かつ水面下で行われるべきだろう。 相手に期待するだけでは無責任になる。日本として本来果たすべき責任を自律的に果たし、国際秩序を支える一歩とすること。そして、先人たちが積み上げてきた多層的関係を、各州においても、官・民・学・草の根レベルをあげて連携し、今一度強化すること。こうしたことが、4年か8年毎にワシントンDCの揺れ動く「巨像」が生み出す荒波を乗り越える「多層的な防波堤」となるだろう。

(以上)