このGATT21条を含むWTO協定上の安全保障例外については、各国が慎重かつ抑制的に援用してきた結果、これまでパネルの判断が示されるに至った紛争は、前述のロシア及びサウジアラビアに関する2件にとどまる。これらはいずれもGATT21条及びTRIPS協定73条のそれぞれ(b)(iii)(戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置)に関する事案であった。
両パネルは例外が濫用されることのないよう、一定程度パネルによる事後的な審査を試みている。まず、被申立国は安全保障例外の援用あるいは事案の政治性を理由としてパネルの管轄権否認を主張したが、ロシア・貨物通貨事件パネルは、安全保障はパネル逃れの「呪文(incantation)」たり得ないと喝破し、これを拒否した。
また、GATT21条及びTRIPS協定73条のそれぞれ(b)柱書には「安全保障上の重大な利益」の保護目的での措置の必要性は「(締約国が)認める(which it considers...)」ものであるとして、自己判断(self-judging)を認める文言があるが、この自己判断は問題の措置の(b)(i)~(iii)適合性の判断には及ばす、この点はパネルの客観的な審査に服すると解釈した。更に自己判断的文言についても、パネルは安全保障例外を援用する被申立国がこれを誠実に解釈・適用しているかの審査(誠実審査-good faith review)を行うと判断した。
この柱書適合性の誠実審査については、それぞれの状況で「安全保障上の重大な利益」を定義する裁量は加盟国に広く認める一方、①安全保障上の重大な利益の明確な説明、②当該利益のために措置が取られたことにつき「もっともらしい説明が最低限求められる(a minimum requirement of plausibility)」と説示している。しかしいずれも求められる説明水準は極めて低く、例外の有効な濫用防止たり得るか否かは疑わしい。
もっとも、これら2つのWTO紛争はいずれも(b)(iii)の適用事例で、しかも切迫した国際関係の緊張の文脈での案件であった。それゆえパネルの誠実審査も限定的であったとも考えられ、そのような状況になく、また事案(b)の他のサブパラグラフが適用される事案ではパネルはより厳密な審査を行う可能性がある。
日韓紛争の争点
韓国は今回3品目運用見直しのみについてWTO協定違反を争っており、パネルでは日本が当該措置のGATT21条適合性の主張・立証を求められることになる。「不適切事案」が明らかにされない以上、現時点で当該措置の同条適合性の評価は難しい。しかしながら、措置の内容や日韓の政治環境から、本件で少なくとも同条の(a)、(b)(i)及び(iii)が援用できないことは明らかであり、おそらくは(b)(ii)適合性が争点となることが予想される。
(b)(ii)については先例がないため3品目運用見直しの適合性は見通しがたいが、対象貨物が広く定義されており(「その他の貨物及び原料」)、また間接的な(第三者が介在する、あるいは中途で原材料として使用される)取引も含まれる点で、間口は広い。しかし、「軍事施設(military establishment)」の範囲が狭く解釈される可能性、及び規制対象の取引が軍事施設への供給を目的としていること(「~ため(for the purpose of...)」)を立証しなければならない点には留意しなければならない。
仮に3品目運用見直しが (b)(ii)に該当するとして、更に(b)柱書の誠実審査に服することになる。誠実審査の内実については上述以外明らかにされていないが、国際司法裁判所(刑事司法共助事件判決(ジブチ対フランス))や常設仲裁裁判所(CC/Devas事件判決)の先例は、安全保障に無関係な事項の考慮や例外の目的外利用が認められる場合、自己判断的な安全保障例外の誠実解釈義務違反を構成することを明らかにしている。
本件では、見直し発表直後に、日韓の信頼関係毀損の背景として、安倍総理、菅官房長官、世耕経産相(いずれも当時)が、徴用工問題に言及していた。このことは、今回の措置がエコノミック・ステイトクラフトとしての側面を有し、政治的動機に基づく安全保障例外の濫用であることを窺わせる。紛争解決了解23条は他国の政策変更を目的とした一方的措置を禁止しており、その文脈に照らせば、エコノミック・ステイトクラフトとしての通商措置が(b)柱書の誠実義務に適合するものとは理解できない。
もっとも、WTO紛争においては、ある措置の規制目的は主観的目的にのみ依拠するのではなく、措置の構造や運用から客観的に読み解くことが一般的である。3品目運用見直しについては、そのWA及びAGに基づく貿易管理上の国際的慣行への準拠性、並びに本件における安全保障上の懸念(特に「不適切事案」及び韓国貿易管理制度の脆弱性)に鑑みた措置の合理性から導くことができる。とりわけ、数多くのリスト規制品目の中で特に3品目を選択したこと、また、見直し実施後に韓国側からの協議に頑なに応じなかったことに対する説明は、本件措置の客観的な規制目的が安全保障上の重大な利益の保護にあったか否かを示す点で重要になる。
「誤った事案」としての日韓紛争
しかしながら、本来は安全保障貿易管理措置のWTO協定適合性が争われることは望ましくない。GATT21条は第二次世界大戦直後に起草された古い条文であり、そもそも現代的な安全保障観を投影した安全保障貿易管理レジームとの整合性も図られていないため、パネル・上級委員会の解釈は両者の矛盾を露呈しかねない。また、パネル・上級委員会が安全保障名目の通商制限を協定不適合と認定すれば加盟国の主権的判断への干渉と批判され、逆に謙抑的な審査に終始すれば保護主義的な濫用が放置される結果になり、いずれにしてもWTOの正統性が損なわれる。
更に昨今の米中対立の文脈における本件判断の示唆にも留意する必要がある。中国は昨年から「信頼できない主体リスト」の制定、輸出管理法の施行、対中企業経済制裁の域外適用を遵守する外国企業に対する損害賠償請求規則の整備と、急ピッチで安全保障貿易管理関連の法制度を整備している。これらの背景にあるいわゆる「総体国家安全観」の下では、安全保障概念は伝統的な軍事上の課題から、経済、文化、社会、科学技術、情報、生態系、資源にまで拡張される。今後中国が、例えば海外企業のウイグル問題に関するスタンスを理由にした取引制限、また戦略物資としてレアアースの輸出制限を行うなど、これまでの欧米中心のレジームとは異なる基準で安全保障貿易管理を戦略的に利用することが懸念される。仮に日韓紛争パネルが安全保障貿易管理に関する加盟国の規制裁量に謙抑的なGATT21条の解釈を示せば、こうした中国の試みを後押しすることになり、現在の安全保障環境の変化に鑑みれば、結果において日本に有利な判断がかえって足枷となるおそれがある。
このように考えると、安全保障貿易管理レジームとWTOの制度的インターフェイスが図られない一方で、紛争解決手続によってGATT21条のみを通じた両者の調整を試みることには一抹の危うさが残る。かつて東京ラウンド後、ヒュデック(Robert E. Hudec)は十分に機能しない条文やパネルが審査能力に乏しい事項に関する紛争を「誤った事案(wrong case)」と称し、こうした案件の無理な司法的解決が GATTレジームの正統性を損なうと警鐘を鳴らした。現下の日韓紛争は正にこの「誤った事案」に属するものに他ならない。筆者としては決して徴用工問題、慰安婦問題での日本の韓国への譲歩を促すものではないが、日韓両国はこのことを十分自覚し、日本は韓国と精力的に本件紛争の収束に向けた議論を積み重ねる必要がある。さもなくば、挙げ句の果てに、日韓は疲弊し、米国は苦虫を噛み、結局嗤うのは中国のみ、という事態に陥りかねない。
参考文献
風木 淳(2016)「貿易と安全保障-実務家から見た法の支配-」『国際法研究』第4号: 39-62頁.
川瀬剛志(2018)「鉄鋼・アルミニウム輸入に対する米国1962年通商拡大法232条の発動-WTO体制による法の支配を揺るがす安全保障例外の濫用と報復の応酬-」Special Report.(独)経済産業研究所.
――――(2020)「【WTOパネル・上級委員会報告書解説㉛】ロシア-貨物通過に関する措置(DS512)-安全保障例外(GATT21条)の射程-」 RIETI Policy Discussion Paper Series 20-P-004.(独)経済産業研究所.
――――(2020)「輸出管理問題に不可欠な国益の視点」Voice編集部(編)『韓国問題の新常識(PHP新書1236)』150-166頁. PHP研究所.
Bown, Chad P. (2020) "Export Controls: America's Other National Security Threat," Duke Journal of Comparative & International Law, Vol.30(2): 283-308.
Farrell, Henry, and Abraham L. Newman (2019) "Weaponized Interdependence: How Global Economic Networks Shape State Coercion," International Security, Vol. 44(1): 42-79.
Mulgan, Aurelia George (2019) "Is Japan Weaponising Trade against South Korea?," East Asia Forum.
Heath, Benton J. (2020) "The New National Security Challenge to the Economic Order," Yale Law Journal, Vol.129(4): 1020-1098.
Hudec, Robert E. (1980) "GATT Dispute Settlement after the Tokyo Round: An Unfinished Business," Cornell International Law Journal, Vo1.13(2): 145-203.
Shiojiri, Kotaro (2019) "Japan's Measures on Export Control to the Republic of Korea: From the Perspective of International Law," Journal of East Asia & International Law, Vol.12(2): 337-352.