2017年10月、中国共産党第19回全国代表大会(通称:党大会)と第一回中央委員会全体会議(通称:一中全会)が開かれ、中国を治める新しい指導部が発足した。本シリーズでは、新しい指導部の注目すべき人物について、①経歴、②人脈、③政策、思想的傾向、④今後の展望の四つの視点からプロファイリングを行い、紹介している。今回は新政治局委員兼中央組織部長、中央党校長の陳希を取り上げる。
経歴
陳希はキャリアの大部分を中国の名門大学である清華大学で過ごした。文化大革命中、福建省の福州大学機械工場で労働者を務めた後、陳希は1975年に清華大学の化学科に入学した。習近平も同年に同じ学科に入学している1。1979年に大学を出た後、短期間福州大学で教鞭を取るが、同年に清華大学の修士課程に戻った2。1982年に修士課程を出た後は、清華大学に残り、大学の共産主義青年団の幹部、大学の党委員会常務委員、副書記、常務副書記などを経て、清華大学党委員会書記(副部長級)を2002年から2008年まで務めた。清華大学に勤める間、陳希は1990年から1992年までスタンフォード大学に訪問研究者として留学している。修士修了から数えて、陳希は30年近く清華大学に勤めたことになるが、殆どの期間は党関連の役職に就いていた3。
2008年に清華大学を離れた後も、教育部副部長兼党組副書記(2008―2010)、中国科学技術協会党組書記兼常務副主席及び書記処第一書記(2011―2013)と主に教育、科学技術の分野で活動した4。地方経験は、2010年から2011年にかけて遼寧省党委員会副書記を短期間務めたのみである。
陳希は2013年に部長級待遇で中央組織部常務副部長に抜擢され、2017年の第19回党大会後の一中全会において、政治局委員に昇格した。その直後に中央組織部長に昇任し、中央党校長を兼任した5。陳希は2013年まで組織部門での経験を持たなかったが、この重要部門への異動が実現したのは、次に述べるように、習近平との関係が最大の要因だと思われる。
人脈
陳希の人脈について、最も重要でかつ広く知られているのは、習近平との関係である。両者は、同じ1975年に清華大学の化学科に入学しており、寮で同室であった。このことは中国の公式メディアでは報じられていないが、有力な新聞の多くが報じており、事実であると思われる6。更に、未確認情報ではあるが、陳希の入党紹介者となったのが当時学生党支部書記を務めていた習近平であったとも言われる7。
もちろん、習近平の昇進過程において陳希は影響力を有していないし、陳希の清華大学内での昇進についても、習近平は関わっているとは思われない。しかし、2007年に政治局常務委員に就任して以降、習近平が中央書記処書記を兼任し、党の組織部門を管轄していたことは留意すべきである。陳希は30年近くいた清華大学を離れ、中央政府、地方指導部、中央と、キャリアの多角化が急速に進められた。中国科学技術協会党グループ書記は部長級の役職であるため、この役職を以って、陳希は2012年に第18期中央委員に選出された。一連の人事において、習近平が一定の役割を果たした可能性は十分に考えられる。
なお、習近平は福建省時代の1998年から2002年にかけて、社会人学生として清華大学でマルクス主義を学び、法学博士を取得しているが、この時期、陳希は清華大学党委員会副書記であった。
習近平を除いて、陳希と他の高級幹部との関係性に関する情報はない。しかし、中央委員レベルでは、陳希の清華大学での同僚に言及すべきであろう8。現陝西省党委員会書記の胡和平は陳希の下で清華大学の党委員会常務副書記や副校長を務め、陳希の後任党委員会書記でもある9。現北京市長の陳吉寧は陳希の下で清華大学の副校長、常務副校長を歴任し、後に校長となっている10。彼らの私的関係がいかなるものであったのかは明らかではないが、密接な業務的関係を有していたことは間違いない。
政策、思想的傾向
2013年以前の陳希は長年教育科学技術の分野で活動しており、署名記事の殆どは、それに関連した無難な内容であり11、特筆すべきものはない。
陳希は習近平による幹部選抜任用制度の改革に深く関与していると思われる12。陳希が中央組織部常務副部長に着任した2ヶ月後の2013年6月に開催された全国組織工作会議において、習近平は新たに優れた幹部の五つの基準を抽象的な形で提示した13。その後も、2013年11月の改革を全面的に深化させる決定や、2014年1月の党政領導幹部選抜任用工作条例の改定などの改革が進められた14。その基本的な方向性は公開試験や公開選抜の縮小であった。すなわち、胡錦濤や李源潮(元中央組織部長)らが推進した幹部選抜の競争制度の整備からの大きな方向転換がなされたのであった。当然、中央組織部の常務副部長であった陳希はこの改革を実際に推進する立場にあった。一連の改革の結果、幹部選抜任用制度では、党のコントロールの重みが増し、習近平の権力強化に寄与することになった。
2017年の第19回党大会に向けた新指導部人事でも、本シリーズの趙楽際篇で言及したように、新指導部選出方式の変更がなされたが15、当然陳希も何らかの役割を果たしていたものと考えられる。
陳希の中央組織部長就任以来、大学関係者や研究者が地方の幹部に抜擢される例が多く見られる16。上に挙げた胡和平や陳吉寧以外にも、例えば、天津市党委員会副書記の陰和俊は中国科学院に長年勤め、副院長も務めた。海南省党組織部長の彭金輝は雲南民族大学や昆明理工大学で校長を務めた。遼寧省副省長の盧柯は、就職してから中国科学院金属研究所に一貫して所属しており、現在も同研究所の瀋陽材料化学国家研究センター主任を兼任している17。広東省副省長の張光軍は、2018年まで中国工程物理研究院に勤めていた。陳希が長年教育科学技術分野で活動してきたこともあって、この方面に広い人脈を有していることがこうした人事の背景だと思われる。
今後の展望
2017年の党大会及び一中全会において、陳希は政治局委員に昇進し、その直後に中央組織部長に就任した。就任直後から陳希は、幹部の選抜任用について、「政治基準」を突出させなければならないと言明し、習近平主導の幹部選抜任用制度の改革を一層推進する姿勢を見せた18。2019年3月には、再び党政領導幹部選抜任用工作条例の改定が行われ、政治重視の方向性が一層鮮明にされた19。これまでの活動から見るに、陳希は信頼できる側近として、習近平政権の安定性を組織人事の面から支えていると言える。今期の任期も半ばに差し掛かっているが、陳希は派手な動きは見せておらず、無難に仕事をこなしていると言えよう。
陳希は1953年生まれで、習近平と同年齢である。これまでの共産党の定年に関する不文律に従えば、2022の党大会時には定年を迎え、引退することになる。習近平が留任するとも噂される中、定年制が次回党大会でも守られるとは限らないが、陳希は習近平との関係以外に、年齢、経歴、実績など多くの面で強みがあるわけではなく、次の世代の有力候補を抑えて政治局常務委員に昇進することは考えにくい。政治局委員への留任も難しいだろう。現時点での判断としては、第二期習近平政権を支えることでその役割を全うする可能性が高い。
1 文化大革命中、大学入学試験は停止しており、陳希も習近平も入学試験を経ないで「工農兵学員」として入学している。
2 1979年に大学入試が再開されているため、修士課程への入学は、入試を経ていると思われる。
3 なお、陳希は清華大学きっての短距離走者として知られていた。「陳希出身清華 中組部掌人事 習同窓『跑』入中央」『明報』2017年9月28日。
4 党組は、政府部門や大衆団体などの非共産党組織の中に作られる党組織である。党の領導的地位を貫徹するために党の意向を組織に反映することを任務とする。ただし、外交部のように党委員会を有する部門もあり、党組と党委員会の設置基準は必ずしも明確ではない。なお、中国科学技術協会での役職の前任者は鄧小平の次女鄧楠である。
5 従来、中央党校長は、組織部門を司る政治局常務委員が務めていたが、今回の人事でその慣例が破られた。三つの幹部学院(浦東、井崗山、延安)の校長職は前例を踏襲して、中央組織部長の陳希が兼任することになった。
6 「反腐風熾『之江新軍』崛起 習近平旧部同郷同学上位」『明報』2015年1月10日、Jun Mai "Inside Xi Jinping's inner circle," South China Morning Post, 2 Mar, 2016 (http://https://www.scmp.com/news/china/policies-politics/article/1919744/inside-xi-jinpings-inner-circle 2020年1月14日閲覧)、「情実優先『習閥』台頭」『読売新聞』2017年9月3日。
7 高新「陳希與習近平既是同窓更是同党」自由亜洲電台、2013年4月30日(https://www.rfa.org/mandarin/zhuanlan/yehuazhongnanhai/gx-04302013112626.html 2020年1月14日閲覧)、「陳希出身清華 中組部掌人事 習同窓『跑』入中央」『明報』2017年9月28日。
8 「清華系3新星曽共事」『明報』2017年9月28日。
9 胡和平の経歴は、人民網のウェブページ(http://ldzl.people.com.cn/dfzlk/front/personPage6022.htm 2020年1月14日閲覧)を参照。高新の論考も参考になる。高新「胡和平是為中共二十大培養的中組部長接班人?」自由亜洲電台、2018年7月20日(https://www.rfa.org/mandarin/zhuanlan/yehuazhongnanhai/gx-07202018100116.html 2020年1月14日閲覧)。なお、胡和平には日本留学歴があり、東京大学で工学博士を取得していることが知られている。
10 陳吉寧の経歴は、人民網のウェブページ(http://ldzl.people.com.cn/dfzlk/front/personPage16776.htm 2020年1月14日閲覧)を参照。
11 例えば、陳希「為満足国家戦略需求培養高層次人才 加強和改進大学生思想政治教育的体会」『求是』2004年24期、46-48頁。
12 本項目の幹部選抜任用制度の改革に関する記述は、高原明生「中国の幹部選抜任用制度をめぐる政治」(加茂具樹、林載桓編著『現代中国の政治制度』東京、慶應義塾大学出版会、2018)131-148頁に基づく。
13 基準は(1)確固とした理念をもち、(2)人民に奉仕し、(3)政務に勤勉で実務に励み、(4)果敢に重責を担い、(5)清廉公正である、の五点である。
14 「党政領導幹部選抜任用工作条例」中央組織部、2014年1月26日(http://news.12380.gov.cn/n/2014/0126/c214686-24234014.html 2020年1月14日閲覧)。
15 李昊「中国新指導部の"プロファイリング"④ 趙楽際 反腐敗の新たな旗手」日本国際問題研究所『China Report』Vol. 25、2018年8月2日(http://www2.jiia.or.jp/RESR/column_page.php?id=315 2020年1月14日閲覧)。
16 本段落の記述は孫嘉業のコラムを参照したが、各人物の経歴は公開されている。孫嘉業「陳希用人 学爾優則仕」『明報』2018年10月18日。
17 盧柯は民主党派と呼ばれる小政党の一つ、九三学社の副主席でもある。
18 陳希「培養選抜幹部必須突出政治標準」『人民日報』2017年11月16日。
19 政治重視は一般的には理解しにくい概念である。その内実は、党に忠誠を誓い、習近平の「核心」としての地位を断固として守ることを求めるものである。新旧党政領導幹部選抜任用工作条例の対照表は以下のウェブページを参照。「《党政領導幹部選抜任用工作条例》新旧対照版」共産党員網(http://www.12371.cn/2019/03/20/ARTI1553051971086691.shtml 2020年1月14日閲覧)。